「ほんと何でも知ってて、歩く広辞苑だし」
「覚えたことを忘れていないだけで大袈裟。てか、歩く広辞苑って器物霊じゃないですか。せめて妖怪じゃなく、現存する生物に分類して戴けませんか?」
「けど時々ぽろっと無難な一般常識あたりが抜けてるもんで、なおのこと天然っぽいカワイゲあるんだよねぇ。疣贅(ゆうぜい)って読み書きできて意味も知ってるのに、温泉卵がただの町で売られてるなんて日本の物流すげぇってしみじみと―――」
「知ってます今は温泉卵が温泉で茹でられた卵だけに付く商標で無いのも知っていますしコンビニで売られてるそれも毎朝毎朝温泉郷から産地直送で宅配されてくるものじゃないことまで知り尽くしてます。ってか、しょうがないじゃありませんか! 俺、外国産なんですから、日本の通俗なんて知らなくても! ―――そうそれ、その『天然』という言い回しも。癪に障らない程度の馬鹿のことを、あたかも褒め言葉のようにほのぼのと……」
「良家の次男生まれで、海外を如才なく渡り歩いて学業を修め、帰国して入学した日本医大は主席卒業って経歴もまた華麗だし」
「良家え? 大昔に成金だったってのが、そんなに鼻にかけることですか。実績があった太古ならいざ知らず、没落した今になってまで―――それこそ、品の無い。それに、俺が次男に生まれたのは先に兄が生まれていたからで、海外で育ったのだって父について回っていた惰性です。医大は、勉強するところだから、とにかく必死に勉強してただけであって、」
破れかぶれに、麻祈は橋元に噛みついた。
「そもそも、俺が首席に選ばれたことからして、日本が豊かゆえにヘンテコ過ぎる証拠みたいなもんじゃありませんか。学ぶためでなく、大卒って経歴欲しさに入学する奴が多すぎるんですよ。それこそ国庫を食いつぶす税金泥棒の成せる業腹だと気付きもしないで―――」
「分かった分かった。学歴偏重主義は、次世代の課題にしとくとしましょ。卒後臨床研修も着々と進んで、大学が法人になって、これからが正念場だからね。んだから、段先生のことに話を戻しませんか? ね?」
今度こそ降参の意で両手を挙げ直して、橋元が苦笑を示してくる。もとより追い詰める気もない麻祈が口を噤むと、おべんちゃらは再開となった。
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