「うーん……」
「よー佐藤。なにしてんだ? 掌なんかじっと見て」
「いや。ここんとこがさー」
「なるほど。よく見ると、確かに人の顔が―――」
「違わい。勝手にヒト様の身体で怪談すんな」
「ジャパンテイストな夏気分に」
「ならないならない。
じゃなくって、どーにもヤケドしたみたいで」
「やけど? ……まあ、言われてみれば、親指から人差し指にかけて……しかも、うっすらとこのへん水ぶくれか。どうしたんだ? 料理でアブラ跳ねとかじゃねーだろ、これ」
「いや。昨日の休み、まるまるバドミントンしてたから」
「あーあ。ちゃんと途中途中で手ぇ冷やしてたんだろうな?」
「ううん」
「なおのこと悪いなぁ。靴ずれみたいになった上に、摩擦熱で肉痛めてんじゃん」
「じくじく痛い以上、言い訳はするまい」
「摩擦を甘く見るんじゃないぞ。それだけで学問的に確立してるくらいのもんなんだからな」
「およ? 学問?」
「おうよ。トライボロジーっつってな。摩擦によって起こる現象を把握して、制御するための学問だ」
「それすると、なんかあんの?」
「たんじゅーんな例を上げると。
お前は、素手でラケットを長時間ふりまわすことによって負傷した。これを制御するにはどうすればよかったか?
答えのひとつは、手袋をする。手袋をすることによって、皮膚の摩耗を低減させることができた」
「そんなの、握りが利かないじゃん」
「じゃあ、握る面に、摩擦の強い性質のものを使っている―――ゴムのイボがついてるような―――手袋にするか、指先だけ出した手袋にするか、なんならそのふたつを両立した手袋をしたらいい。
どうしてスポーツで手袋をすることが多いのか? その意味を考えてみろ。なにも、スポーツが決闘の代名詞だった中世ヨーロッパの名残りじゃないんだぜ?」
「むう」
「特に俺らにとって、切っても切れない分野がバイオトライボロジーだ。眼科のコンタクトレンズに、歯科の義歯、整形分野では義手・義足との接触面や人工股関節。人体と人工物の間で発生する摩擦は、コントロールされなければ致命的なものになりかねない」
「そーいやそーだけどさー。んなオーバーな話にするとこがまたアサキングらしいよねー」
「ほっとけ。数学関係で物理までかじった時に、ちょいと食指が動いた分野だったんだよ」
「あ。それだったらあたし、クラウゼウィッツの摩擦やったことあるよ」
「? 誰だそれ。物理学者か?」
「いんや。軍人。『戦争論』って本出してる」
「そこに出てくる概念に『摩擦』があるのか?」
「そ。
どんだけ完璧な計画のもとで戦争を企てても、それをやるのが地球上の人間である限り、絶対に計画は不確実になるってこと」
「ふーん。極めて合理的で正しい命令でも、仲間内がいがみ合ってたら言うこと聞いてくれなくて連係が取れない。とか?」
「それは対内的な摩擦だね。他にも、敵に邪魔されて補給が出来なくなるとかって対外的な摩擦と、急激な冷え込みで体力を予想外に消耗するとかって環境的な摩擦があるらしいよ」
「成る程ね。摩擦―――弱過ぎれば毛ほどでもないが、寄り集まって強くなると深刻なダメージに繋がる現象、な」
「なーんか予想外に哲学っぽくなってきちゃって、戦争の霧とかなんとかってとこまで掻い摘んで、読むのやめちゃったんだけどね」
「じゃあ俺も無理そうだな。ましてや数学でもねぇし」
「戦争かぁ」
「戦争なぁ」
「……その前にやることやんなきゃね」
「そだな。
俺、とりあえず昼飯」
「あたしも」
「これも縁だし、一緒に食いますか。佐藤先生」
「もちろんいいですとも。なんなら、おデェトっぽく奢っていただいてもよござんすよ。段先生」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【はみだしDNDDこらむ】
戦後フェスティバル日本なう。え? 昨日まで? しまった。しまってないか別に。うん。
まあ、摩擦には色んなものがあるよって話なんですが。興味がある方は調べてみてください。
ところで数ある陸上球技スポーツの中で、凄まじいダメージにさらされるにも関わらず手袋を着用しない種目があります。それはなんでしょう?
実は、バレーボールなんですよね。バシバシ剛速球のやり取りをするにも関わらず、素手でないと細かな制球が出来ないらしいです。スパーン! とアタックされるボールの速度は時速80キロを超えることもあるとか。こええよ!
というわけで、今回は手袋の蛇足でした。あでゅ!
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