.麻祈は、寄りかかっていた柵から身体を起こした。購買に近いここは、小休止より長く休むのには適さない。家族、見舞い客、あるいは輸液袋を連れにした患者たちが、買い物や用事を済ませては、麻祈をちらちらと見つつ立ち去って行く。それはそれ以上の興味でなく、それ以上の興味だったところで「真っ昼間からたそがれるなんて、この先生そんなに残念なことがあったのか?」くらいだろうが。
(ま。せいぜい、買ってみた週刊誌の袋とじを開いてみたら期待ハズレだったとでも邪推しといてくれ)
その後「ほとんど読んでないんだし返品したっていいだろう」とゴネた買い物客と購買店員とのひと悶着に警備員が駆り出されたのは、半年ほど前だったか? 定かな覚えはないが、その事件以降、購入後の返品要求には対応いたしかねます云々との文言が掲示されるようになった購買を通り過ぎて、麻祈はたどり着いた壁内設置の蛇腹階段を上っていった。上階にある医局にも図書室にも用はないが、そうして往復することで浪費する時間にこそ用があった……午後の仕事にかかるまで、まだ少々の余暇を持て余していた。
プッシュ式の電子暗号ロックキーが付いているくせして、ドアそのものがホルダーによって固定されて常時開け放たれている医局出入り口―――いちいちプチプチ押してられっか、との鶴の一声があったらしい―――をくぐって、閑散としているラウンジを横目に、通り過ぎる。昼飯時を過ぎて、気の早い者や多忙な者から三々五々に勤務へと戻り始めているらしい。麻祈はと言うと、昼は食わずに済ませるつもりだった。空腹ではないし、空腹となったなら自販機もカフェも商品を概ね完備しつつ営業している。日本は豊かだ。暇は潰すものでしかない。飢えは小銭で買収できる。小銭のために寸暇を売り飛ばす労働者の姿は、なかなかお目にかかれやしない。
そんなタイミングだった。
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