.ひとつ。ふたつ。
「いやー。興味無さそうな顔しといて、まさか普通のジャンルには興味無いだけだったとはねー」
みっつ。よっつ。いつつ。
「そこらへんで仮眠しちゃいけませんよー。手練れのお方に既成事実にされちゃいますよー」
むつ。なな。やあ。きゅう―――
「……きゅう? 九。あれ? きゅう?」
はたと呟いて、麻祈は歩を止めた。きゅうは違う気がしたのだが、数としては正解だ。そのあべこべに引っ掛かる。
そこで、自分が数えていたものが、聞き流したせりふの個数から、数字そのものへとズレ込んでいたことに気付いた。が、とりとめもないことだ……少なくとも、麻祈にひと睨みをくれて追い越して行ったストレッチャー押しの看護師二人組へ、ばつが悪く愛想笑いを返すよりは。
麻祈は、廊下を再び歩き出した。
気まぐれに見上げた天井は、点滴台が閊えるほど低くなく、ジャンプせよとの衝動に子どもを駆り立てるほど高くもなく、塗られたペンキの色すら中間で、淡泊な薄緑と象牙色を基調とした二色刷りは色覚さえ刺激しない。床に貼られたリノリウムだけが、一歩ごとにキュッキュと耳障りに叫んでは、歩行者の注意を下界に引き戻そうと画策している。
こんな病院が、麻祈の職場だ。
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