「―――あさ、き、さん」
立ち止まる。顔半分だけ、振り返る。
ドアの隙間から差し込んだ陽光は、一丈なれど、夏の兆しを強烈に芳(かぐわ)せる明度で店内に帯を引いた。それを背負い、ずるりと伸びた己の影が、坂田の足元まで及んでいる。明確な変化を判別できたのはそれだけだ。荒らされたテーブル席も、そこにいる佐藤と坂田も変わらない。同じように、こちらとて。
「それがなにか?」
答えはない。
つまりは、それが生粋ジャップどもの答えということか!
自虐の味は噛むほどに麻痺し、もう苦くも不味くもない。店の外に出て、歩き出す。
行為や動向に目的があるわけではなかったが、立ち止まっていると無目的であることに気付かされてしまうので、とりあえず進むしかない。なにも考えていなかったせいで、曲がり角でぶつかりかけた女へと口にした詫びが日本語でなかったことに、今になって気づいた。英語? 米語? フランス語だったか?
(どうでもいい)
そう思う。もう、どうにもできないことなのだから。とっくに、どうしようもない自分しかいない、今となっては。とっくに?
いつからだったろう。人でなし。そう言われる様な自分は―――
思い返せば、あの時から引き返せなくなったように思う。
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