「―――麻祈、さ、ん」
そのまま、言ってくる。
「わたし、とっても嬉しかったんです」
言い続ける。
「あなたから、頑張っているんですねって言ってもらえて。あなたから、心配していますって言ってもらえて。あなたはお医者さんとして当然に、わたしへ接してくれただけかもしれないけど。でも、わたしにとっては、それは麻祈さんだったんです。麻祈さんだったんです。だから……」
そこで、言いよどむ。
麻祈は、坂田を見ていた。ほどほどの関心を装いながら、実のところそれはもう食い入るように、穴が開くほど坂田の一挙手一投足を注視していた。その淡い色をしたシャツも、両手に掴んだスカートの皺がそろそろ致命的なレベルに達しそうなことも、小杉に横転させられたままの椅子の脚にそのはしっこが引っ掛かって捲れ上がっていることまで知悉していた。坂田はそれに気づいていない。
ただひたむきに純真な眼差しを上ずらせて、こちらを見詰めてくる。
それを見詰め返す。それを続ける。のだが。
ひたむきに純真な目だということしか分からなかった。
(だから、―――なんだ?)
思う。それを思う。せりふの残りを続けてくれと念じるのだが、坂田は言葉を詰まらせたまま微動だにしない。ならばこちらとて、身動きできない。流動できない思考が膿んでいく。どろどろと、英字で澱む。
(ああ分からん。謝る俺に、なにが言いたいんだ坂田さんは? 畜生、生粋ジャップが使う日本語は、どーしてこー、もやっとしてるんだ。ただでさえはっきりしない顔の象眼してるんだから、話し方くらい人一倍はっきりしててくれてもよさそうなもんじゃないか)
正直に、ただひたすらに正直に、麻祈は困憊した。
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