.茶葉の匂いがした。茶葉の味まで感じないうちに、口を離す。
「サアお立ち会い(Hokus pocus)―――」
つい口走ってから、麻祈は顔を上げた。聴衆ふたりへ。
小杉も坂田も、表情を消し飛ばして動けずにいる。それを粉砕しなければならない。
麻祈は、口の両端をアンバランスに吊り上げた。可能な限り野卑な顔つきを目指してみるものの、作り笑いに慣れた能面の皮では、ぎこちない痙攣ばかり目立ってしまう。そのひくつきを、己の性癖を露出する快感に酔い痴れた変態の武者震いとでも勘違いしてくれるよう祈りながら、佐藤の肩を掴み寄せて胸倉に抱き込んだ。彼女は、されるがままで抵抗しない。その構図は、やはり自分には、人質を盾に駄々を捏ねる犯罪者のなれの果てにしか見えなかったが。
だからこそ、そのイメージを追い風に、大見得を切る。
「実は俺こそ正真正銘の泥棒猫で、生まれてこのかた家庭がある女性への横恋慕でしか興奮しないんですよね」
言い切った。刹那だった。
「―――あーあァ」
間近からの、声を含んだ佐藤の吐息に、麻祈のうなじの付け根が総毛立つ。悪寒がしたからではない。佐藤のそれは、なま温かかった。
信じられずに目線を滑らせると、腕の中の佐藤が、それを待ち受けていた。と言うよりも、待ち侘びていた? まるで当然のように瞳の色をうっとりと熟させて、睫毛の影から見上げてくる。直前にダメージを受けた彼女の口唇の血色が、強まっている。麻祈の唾液を帯びて、まろやかに光る。それが言う。
「どうしてくれるんです? 言っちゃって。わたしの方は、まだちっとも興奮してませんのに」
そして佐藤の左手が、麻祈の頤(おとがい)から耳の裏までを、かすめるように撫でた。咄嗟に首をすくめるのだが、そうしたせいで逆に、佐藤の横面に己の喉仏を押しつける格好になる。体温を宿したやわらかな女の頬肉が、男のすじと骨にすんなり馴染んで、冷や汗をとろかした。あまりにすらすらと予定調和していくシナリオに頭が混乱し、普段と今の佐藤のキャラクターの乖離に理性が動転し、肌身に沁みてくる女体の感覚を雄性が嫌がらない。要は、動けない。動けないのだから、だから今はただ、とにかく、今のまま、様子見をしていたい―――
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