「この―――人でなし!!」
歳を食った一枚板が真っ二つに断裂しそうな勢いで、ドアの開閉が終わった。
終幕のベルが聞こえた。事実として、ドアに取り付けられたベルが鳴っていた。カラン。空(から)ん。
矢先。
「びっ」
腕の中の佐藤が、ぱこっと、目ん玉と大口を開いた。
「っっっくりしたーあ。いつから家庭持ってたの? あたし」
「持ってませんすいません嘘です。すいません。すみません。済みませんので申し訳ありませんでしたと続けますから許してくださいごめんなさい。俺、ヘルペスとか唾液感染の持病ありませんので許してください。ごめんなさいごめんなサゥ『ゴメン俺マジクソすぎてごめんすっげものすっげマジでパネェくらい失礼を致しましてご寛恕くださるよう伏してお願い申しあげたく候(Sorry, Sorry I'm totally arsehole, indeed, awfully, extremely, I beg your pardon, Pardon, Je vous ai lésés,)』―――」
ついに縦書きから横書きへと雪崩を起こした―――のみならず英語からすら脱兎しかけた―――震え声のひとつすら収められず、へなへなとその場に頽れる。腰が抜けていた。
そのまま地べたにアヒル座りを崩してしまうと、もう頭を擡げることも出来やしない。床板が冷たい。そこに突いた掌に食い込んでくる砂利が痛い。冷たくも痛くもなかった佐藤と密着した体感が、なおのこと肌と脳裏に焼き付く。それを役得とばかり味わってしまった自分の下劣さに、更に謝罪を唱え続けるしかなくなる。のだが。
麻祈の目の前にある細っちょろい二本脚が、そこに纏った濃い藻色のズボンに似つかわしいお転婆な仕草で、ぴょいと跳ねた。そうやって佐藤は、サンダルをひっかけているつま先を、床にへたばっている麻祈へ方向転換して、
「いやでも最善のプランだとピンときたからこそ、こーやって、あたしも全力でびしばし横車を押したんだし」
「優しくしないで……」
「今日から、ちょーっとボロクソにコキ下ろされた噂が吹き荒れる期間はあるかもだけど、色恋に近い話題ほど賞味期限は短いから。まー消費期限はフォーエバーであるゆえに、これから生涯、都度都度、蒸し返されるだろうけどね。どんまい」
「優しくしてんのかそれはっ!?」
「優しくするなっつったから、ほどほどに疑わしい言い回しにしたのに。我儘な」
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