.衣服の定位置から財布を取り出して、手探りで摘まみ出した幾らかの紙幣を、わきにいる佐藤に手渡す。
恐らく佐藤は、鎖骨をノックしてくるかのような麻祈の裏拳に対して、反射的に両手でガードしただけだったのだろう。かざした自分の指にひっかけられた紙ぺらに向けて、不思議そうに唇を尖らせる。
「なにこれ」
「全員分の総勘定。釣りがあるならとっといてくれ」
「多いっしょ。いくらなんでも」
「延滞料金だろ」
佐藤は、金を手に閉口した。
(慰謝料は無いのかって言えよ)
そんな低俗な皮肉の切り返しで構わない。そのひと押しがあれば、坂田も麻祈こそが諸悪の元凶だと見なすカードが増える。
そこを見越しての軽口だったのだが、こんな時に限って、佐藤は便乗してこない。真顔のまま、距離を保つ。計画には乗ったが、悪乗りまではしない。そんなところか。佐藤なら。
坂田はどうだろうか? 正直もう責め苦と向き合うのは御免願いたいところだったが、それでも彼女へと、三度(みたび)の一瞥を触れさせる。その面貌に泣き笑いはない。そのうち、泣き出すか笑い出すかしてもおかしくない。どうとでもとれる、うす暗く弛緩した東洋人の顔。
苦手だった。
「いい加減にしてくれよ」
麻祈は呻いた。
「疲れる。そのツラ」
呻き終わった。
ならばあとは、出入り口のドアへと身体を翻すしかない。乱れた座席を整えるのは、佐藤でも行える。店長から事情を聞かれても、佐藤の方が巧妙に凌げる。これ以上自分がいたところで、自分以外の気に障るだけだ。
そのノブをひねったところで、坂田の声に追いつかれた。
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