.さっき通読したので、絵本の内容も今後の展開も分かっている。見開きのページは冒頭。綿菓子で出来たさくら色の仔猫が、飼い主の女の子と喧嘩をしてドライヤーの強風を吹きつけられたせいで、乾いて軽くなり過ぎたために空まで飛んで行ってしまった場面だった。擬人化された仔猫の顔は、晴れ晴れと高揚している―――プチ冒険を満喫した最後には、飼い主に逢いたいと泣き出した汁気を吸って、女の子の掲げた両手の中に舞い降りるくせして。そんなことも知らない今このページでは。晴れやかに。
「ってか、こんなとこで。なにしてんの? あんた」
「だってわたしの部屋、もう読んだ漫画とか雑誌とかしかないんだもん」
紫乃は、絵本を閉じた。むっとしていたせいで、乱暴な手つきになってしまったが、姉はそれを咎めるでもない。
だからこそ、自分の行いに申し開きがあるとか、言い訳するとかでもないはずなのだが、それに似た苛立ちを引きずるまま、紫乃は姉へと声を尖らせた。腹這いの姿勢だって、直してやらない。
「夜のドラマも、まだ始まらないし。いーでしょ別に? おねえちゃん、どーせこれから夕飯でお風呂なんだから」
「まあ、そうなんだけどね」
と、姉は、いつもどこか寝起きじみた険のある不機嫌そうな気配を、逡巡に染めた。やや前屈みになって下着の中の乳房の位置まで整え終えると、胸倉から引き抜いた手をぱたつかせて―――暑苦しい外から帰宅したばかりで予想外に汗ばんでいたらしい―――、ついでに自分で吐いた嘆息を払う。
「……そんな風呂上がりの寝間着で、こんなにエアコンがんがんにして。風邪でも引いて、ますます輪をかけて変になるとか、勘弁だからね」
言い残して、出ていく。
ぱたんと閉ざされたドアに向けて、毒つくしかない。
「わたし変じゃないもん。それだけは、お姉ちゃんには絶対に言われたくないし」
ふんだ。と、こちらこそつっけんどんに吐息して、紫乃は寝ころんだまま絵本を横に退かした。空いたところに自分の腕を投げ出して、枕にする。
不貞腐れて、ごろ寝しながらの斜め読みだったけれど、刺青の写真集は綺麗だった。読み切る前にドラマの放送時間が来たので、階下に降りた紫乃は、それすら思い出さなくなった。
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