(あれは病院の在り方の目安にするための意見募集であって、俺個人の性癖がどーとかピーチクパーチク言われても、職務業務に差し障りが無けりゃ対応できないんだよなー。ついでに、俺はまあまあ品行方正で波風立てないよう立ち回ってきた下地があるし、佐藤と結婚を前提に健全な男女交際を送っていますってお題目も板についてる。まあ、この万が一を見越してのあの大立ち回りだったんだから、目論見通りっちゃあ、その通りなんだけど)
それでも投函されてしまった以上は、上層部も一遍通りの審議を催すしかないし、催されてしまってはそれを見聞きしたと自称する者たちによって口伝は拡散していく。
した挙句が、これだ。跋扈する好奇からそれとなく身をかわす回遊魚じみた動線で院内をふらつく空き時間消費方法をマスターしてしまった。免許皆伝というやつだ。今なら道場を開ける。弟子取れる。むしろ道場を破れる。看板取れる。
(にしても、)
アホいトンズラをかまそうとしてくる雑考をねじ伏せて、麻祈はたらたらと物思いを続けた。
(噂って、マジで台風だよなぁ。投書は矛盾だらけで、それが矛盾でないと裏付ける事実もない―――まあ俺のそっちの趣味について立証するのは難しいにしても、佐藤が独身で人妻じゃないってのは真実なんだし。俺らの身の潔白は、ほどほどに明らかにされた筈なんだけどなぁ。台風の目だけ、これ見よがしにお静かなまま、いつまでこんな騒ぎ続くんだろ? 台風の目から離れれば離れるだけ、外様(とざま)になるほどぺちゃくちゃクチャクチャ……俺も佐藤も、お前らのキャンディーバーじゃねえっての。あーあ。めんどくさ)
分かっている。世論と俗説で動く世俗に、真実と正論は無効である。横行する主張の強弱は多数決で決まる。単一民族的等質性と集団的画一性は日和ることにさえハーモニーを求め、その密やかな阿鼻叫喚を楽しむためなら陰惨なファッショをも歓迎する。かいつまむと、今の状況だ。
かの男は色情狂であると。
かように扱われる男は、ことのほか色情狂であってほしいと。
望むのだから叶えにかかる。多勢に無勢とは、そういうことだ。異端審問会―――異端審問会だろう? 信教も信義も無いにしても、それでもだ―――での答弁を終えて以降、麻祈は一度たりと周囲のゴシップに抗弁しなかった。後ろ指をさされるのは慣れている。彼らが、自分はノーマルだと思い込むためには必要な様式だ。
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