「いよぉう! 段せんせーえ!」
との溌剌とした呼びかけと同時、これまた声と同威力の平手に右肩の裏をはたかれては、振り返らざるを得ない。分かりきっていたことだが、それでも麻祈は彼の名を口にした。
「……橋元先生」
「おうよ。なに?」
と訊かれても、疑問なところは何も無い。医局廊下にて気さくに白衣を着こなした橋元は、通常通りに中肉中背の東洋人男性であり、壮年に差し掛かっているわりに老成した感に欠けるのも変わらない。寝癖なのかオシャレなのか―――あるいは後者のセンスを疑われた場合は「これは寝癖です」と言い逃れる腹積もりなのか―――判然としない捻れ具合の短髪に、髪型ひとつにそこまで裏を作っているとは到底思わせない、根明な笑顔。いつもながら、ノリもフットワークも腰も尻も軽いと評判の、先輩医師である。評判内容が好評か悪評かは言及を避けたいところではあるが。
なんにせよ、挨拶を続投しておく。肩に手を掛けられたままでは、進むも戻るも出来やしないのだし。
「お元気そうで、なによりです」
「いやいや。装ってるだけですよう。見抜けないなんて、まだまだ修行はこれからですかぁ?」
「はあ。今後とも、ご教授・ご鞭撻の程、よろしくお願いします」
と、またしても無遠慮に肩甲骨を連撃してきた掌に首根っこを引っ込めるのだが、橋元は気に咎めた様子もない。どころか、そうして上背のある麻祈との身長差が僅かでも縮まったのをいいことに、一層に馴れ馴れしく間合いを詰めてきた。こちらの耳元に、片手で作ったメガホンと小声を寄せてくる。
「ところで。あの話、どこまで本当なんです?」
「は?」
「段先生って産道ついたアレでないとヌけないらしいけどいつの間に子ども産んでたのってさっき当の彼女に訊いてみたら、出産経験無いからこそゴム着けてんのに三こすり半でいつもギブアッ―――」
「ンなこと抜かしてんのは―――テメェだ佐藤オオオぉぉオ(Says who, YOUUUU!! Sato)!!」
白(しら)を切るのも忘れて、麻祈は短縮番号をプッシュしたPHSに吼えた。
コール続きで、佐藤からの応答はない。あったところで咆哮しかできないが。
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