.そのままぶらんと垂れたままでいたがる両手に鞭打ち、どうにか野球帽と手拭いを取る。椅子から床へ下り、佐藤の横へと回り込んだ。麻祈に釣られたように席から立ち上がっていた彼女の手に、ふたつともを押しつける。
逆らわず、佐藤はそれを受け取った。彼女のその顔つきは、麻祈を真ん前から見返して、愉快そうでも不愉快そうでもない―――むしろ、こちらのそれを見定めようとしている女医の気配を感じた。それもそうだろう。こうして飛び出してきてしまった向う見ず野郎が、また次にノーロープバンジーを仕出かさない保障はない。それを止めるべきか、止めずに命綱を引っ掛けるチャンスを狙った方がマシなのか、佐藤は判断材料を欲している。自分は判断材料とされている。ならば、彼女に判断されるべき段麻祈を提示しなければ!
「…………―――」
血管のどよめきと共に、内面も凪いでいく。もう佐藤を見る必要はない。いつもの自分は取り戻し終えている。あれほどまで自身も周囲も嫌悪し、呪詛を膿ませ、こきおろしていたことを、知らん顔でとことん馬鹿らしく思える。実際、馬鹿だ。ヘボだ。だとしても死ぬまでつきあうしかない、いつもの自分だ。
(めんどくさ)
視線を巡らす。佐藤から、坂田―――意図せず、小杉と目線が通った。
途端だった。小杉が椅子から腰を浮かせ、おたおたと、口許で両手の結んで開いてを繰り返す。
そして、やや項垂れながら、唇を開いた。
その付け爪や染めた巻き髪と同じく、人間にはあり得ない鮮やかな発色をした薄皮。その狭間から言葉がこぼれてくるのを予感し、彼女を見詰め続ける。
「ええと。あの―――違う、ちがっ、違うのぉ。あたし、ほんとにせんせーのこと想うと堪らなくて、我慢できなくて……」
先程までの物々しさが劇的にトーンダウンした、しおらしい告解。
麻祈は、それを聞いていた。じっと、それに専念した。
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