.囁きまじりの吐息が、ちろちろと鎖骨を舐めてくる。
「わたし以外に先生に熱を上げてる馬鹿を見せてくれるって約束したのに、これは約束違いじゃありません?」
「そ、う、かな」
麻祈は錯綜の中から、精一杯の相槌を送り出した。
佐藤は、サイケなリアクションを続行した。背後から羽交い絞めにしている麻祈の片手を取って、女の輪郭に添える。更には、なぞらせていく。臍下(さいか)から腰のくびれ、上へ、更には横へ……
「そうよ。サプライズが無いわ。期待ハズレ。ほら、どうしてくれるんです? せんせ」
(あ。ブラジャーにワイヤー入ってる。意外)
指先にかなりの意識が動員されていたせいで佐藤の疑問符に答え損ねるのだが、それこそ彼女は歓迎したらしい。鼻高々と―――現に僅かながら首を逸らして、小杉と坂田を見下す。そして、その鼻で笑う。
「ちょっとそこの。どうして欲しいって思った? それ、今度アンタらふたり並んで先生にご奉仕したらいかが? わたしの次点くらいには格上げして戴けるんじゃなくて?」
そこまでだった。
「い―――やあああぁぁあ!!」
小杉が暴発した。
と言う表現が正しいのか、それは分からない。あらん限りの語彙で巨悪を糾弾してくる様は正義への殉教者と形容することも出来たろうし、頭髪を振り乱しながら身をよじらせる様は魔王を憑依させた霊媒師のようでもあった。ただ、世間一般的に、叫んでも喚いても身の内の憤激を表現し切れず椅子を蹴り倒すのは、暴発だろう。暴走よりも。なんとなく。
いや、やはり暴走か―――力尽きたように猫背になっていた小杉が再度顔を上げ、視界にこちらを収めた途端に発された鬼気と顔面の怒張は、一度きりの暴発でなく暴走のリスタートを予感させた。そして小杉は、現に走り出す。店の出入り口へと。椅子ごと床に転がしてしまっていた鞄をすくい上げる時に、捨てぜりふを残して。
[0回]
PR