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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「あ―――さき。なんて、」

 とにかく。とにかく。ただひたすらに。

 小さく喚(わめ)いていた。自分でも分かるほど不恰好な、みっともない震え声で。遮二無二に。

 しょうがなかった。しょうがないじゃないか。そう思う。そうじゃないか。知らない、見えない、なんの先手も及ばない中を、死に物狂いで逃げ惑っているのだから。どれだけ震えていたところで、格好悪かったところで、みっともなかったところで、それをどうにも出来ないならそれを曝(さら)すしかないなんて在り得る筈も無いんだから駄

「目だ。駄目だ。駄目それは駄」

 目だ駄目だ駄目だ駄目だそんなのが俺じゃ駄目だから駄

.

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. 腰に結わえたキーチェーンがベルトの金具を打ち鳴らし、がしゃりと高鳴った。待て。声高なそれが、警告音だとしたら? 構うものか。佐藤には全裸だって見られたことがある。あれは故意でなく、不慮の事故だったが……

 そして。下着のタンクトップ一枚の上背となった麻祈は、佐藤へと胸を張った。

「どぉだ?」

 居直って、腕組みする。そうすると、あの時は手で覆い隠していた右上腕の裏に巣食う引き攣れが、一層に露わになった。佐藤なら、ひと目で見抜いたろう―――それが、全層植皮術の典型的な失敗例であること程度。そしてそれ以外の、麻祈の上半身に散見できる傷痕が、不慮の事故ゆえ脳に引き起こされた幻影ではなかったことも。

 向こうの座敷席とは違い、この椅子席には個々に垂れ幕がかかっているので、男ひとりが突然ストリップをしたところで注目を浴びることもない。何事もなく数秒が過ぎる。

 そして佐藤が、口唇を蠢かせた。こともなげに。ひどく疑わしい口調、それに駆られるままに。

.

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「―――あ。アサキング、しらが発見」

「おー。俺の毛根も、ついに色素を作れなくなる奴が出たかー。オツトメご苦労さま。
 佐藤は、全然しらが無ぇのなー。それとも染めてんの?」

「茶髪も癖っ毛も地だよー。あたし黒目も茶色っぽいし。薄いんだ、そもそもの色が。
 まー、どーせしらがになるなら、若いうちになりたいもんだけどね」

「? そうなのか?」

「若しらがは幸せになるってジンクスあるじゃん」

「……どう言う意味だ? それ」

「幸せな若者時代のまんま、頭まっしろけの年寄りになるまで行けるぞってことでないの」

「いや、そうじゃなくて。お前今、Jinx って言った?」

「言った」

「幸せになるのが呪われた巡り合わせって、どーいうこった?」

「およ?」

「……またか。これ。
 あーめんどくせー」

「となると。本場じゃ、ジンクスって、呪われた巡り合わせって風に使うの?」

「ああ。縁起がいいとか、幸先がいいとか、吉兆だとか、ンなことにゃあ使わねー。
 その、ちょうど正反対の時にだけ使う」

「へー。具体例は?」

「好きなサッカーのチームが連勝してる時に、それを大っぴらに口にしたりしない」

「? 自慢してると、疫病神が鼻っ柱を折りにくるってジンクスでもあんの?」

「うーん。合ってるよーな違ってるよーな……
 あっちじゃ、成功続きなのは次に失敗する巡り合わせだからだって考えるんだ。『うまくいきすぎなのは、大コケさせるための運命の罠』とでも言おうか……
 だからサッカーチームの連勝を口にすればするほど、次は負ける予感が強まるみたいだぞ。
 最近の体調とかでも、うっかり『こわいくらいうまくいってるじゃん』って褒め方すると『言うなよ、マジ勘弁』って窘められたりする」

「ほうほう。興味深し。
 大人になってもそうなら、子どもの頃から染み付いてる文化なんだろーね」

「ああ。子どもは Jinx 遊びするからな」

「ジンクス遊びとな?」

「いやまあ、遊びじゃなくて真面目にやってるとも限らんけど。
 子どもにとっちゃ『 Jinx! 』は、友達同士でせりふがハモってしまった時にする厄払いの呪文ってのがメジャーなんだよ。「 Jinx! 」って先に言った奴が、言い損ねた奴に不運を押しつけることが出来るんだとさ。いち抜けたって」

「へー。日本にも、えんがちょってあるけどね」

「えんがちょ?」

「うん。厄払い。
 忌まわしいものに接してしまった場合に、両手のグーから立てた一本指の先っちょ同士をくっつけて、その接点を、誰かほかの子に切ってもらうの。二本指をナイフに見立てたポーズで、えんがちょって言いながら。
 指の接点ごと、厄とも縁が切れるってことじゃないかな。きっと」

「誰かに押し付けるだけタチ悪ぃなオイ。西洋」

「いや、えんがちょにもバリエーションあるから。今のは、某有名アニメ映画で流行したバージョンだよ。
 あっちだと、どんなシーンで繰り広げられるわけ? ジンクス」

「そーだなぁ。
 二人の子どもが母親になにか言われて、嬉しそうに「スーパー!」って口を揃えた途端に、一転して「ジンクス!」「ジンクス!」と喧嘩を始めたりとかかな」

「ふーん。厄のなすりつけあいだ」

「だな。まあ、「 Super! (やったぜ!)」にケチがついちゃたまんないだろうから、そりゃそうだわな」

「むう。あたしは意図せず、若しらがを不運におとしめるところだったのか。不覚!」

「―――あ」

「およ? どうかした?」

「佐藤。今キラッてした お前のそれ、しらがじゃね?」

「うはぁ! Jinx! よっしゃ、いち抜けたっ!」

「若かねーしガキでもねーしハモったのせりふじゃねーし、Jinx が入る余地ねーよ」

「うっさいやい。折角のイングリッシュ遊びの機会じゃー。付き合えー」

「いいけど、そしたら若しらがの幸運は俺がもれなくひとり占めだぞ」

「にぎゃー!」

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医療職にも、業界用語があるんだよー。
 癌(がん)
 →「クレブス」。これはドイツ語の Krebs の日本語読み。英語の Cancer や Carcinoma から、キャンサー、あるいはカルチって呼ぶこともあるよ。「胃カルチが~」って言ってたら、胃がんって意味になるね。

 メタ
 →癌って、別名「悪性新生物」って言うの、知ってる? どうして悪性新生物なのかってぇと、正常な人体にとって悪性を示す増殖を繰り返す生き物が、癌だからなんだ。破損した遺伝情報に沿って、トンチキな細胞分裂をしまくって、健康な肉体を侵してしまうイキモノってこと。若いうちは免疫が、そいつらを駆逐してくれるんだけど……
  そう。つまり、免疫が対峙しきれないくらい ぞくぞく増えた悪性新生物は、血流やリンパの流れに乗って、飛び火する。これが転移。Metastasis が語源だよ。
  「大腸と肺か。メタだ、こりゃ」ってのは、おおもとの大腸癌から肺癌が転移したって意味になるね(癌は発生部位によって、それぞれ転移しやすい場所があるんだよ。中でも肺は、転移先として重要。人間は肺呼吸で酸素を取り込んで全身に血液を循環させている、イコール、肺を通らない血液はほぼ一滴もないってことになるから、血流に乗った癌細胞がくっつける機会が他の臓器に比べて多いんだ)。
  ……あんまり聞きたくない言葉だなぁ。

 ひらく(開腹く)
 →開腹手術のことだね。オペ(手術の意、淵源は Operation)の一種だよ。医療ドラマで、メスでお腹を切開するシーンとかあるでしょ? あれあれ。
 「ひらいてやります」ってのは、「手術は開腹で行います」ってことになるよ。

 ラパる(腹腔鏡る)
 →腹腔鏡手術のことだね。これもオペ(手術の意、淵源は Operation)の一種。
  ラパは、Laparoscopic の略。テレビで見たことない? お腹に何箇所か切れ込みを入れて、機械の棒をそこから挿入して、かちゃかちゃ機械をいじってる場面。あれが腹腔鏡手術なんだよ。
  「ラパる」って使うよりも、「ラパ胆(ラパコレとも言う。腹腔鏡手術にて、胆のう摘出術を行うこと)」とか、「ラパ腎(腹腔鏡手術にて、腎臓摘出術を行うこと)」って感じで使うのが多いかなー。

 ケモ(化学療法)、ラジ(放射線療法)
 →悪性新生物を退治するのに化学薬品を使う方法がケモ(化学療法)で、放射線を使うのがラジ(放射線療法)だね。
  あたしらそのものが生物である以上、悪性新『生物』に効く療法は、正常な生体にまで効いてしまう。副作用ってやつだよ。白血病の治療で髪が抜けたりってのもそれに当たるね。
 「ケモラジでいきます」となると、「化学療法と放射線療法を並行して治療に当たりましょう」って意訳になるかな。

 ナートる(縫合る)
 →手術で切開した組織を縫い合わせること。
  ナートるって使うんじゃなくて、手術の難しいところを先輩がやって、それが終わったら「ナートは任せた」って後輩にバトンタッチしたりする場面の方が妥当かな。

 他にもいっぱいあるから、興味があったら調べてみてねー。

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「とりあえず、消化管から冷やして肺まで焼こう。ロックいくかロック」

「暑いなら、その長袖まくれば?」

 佐藤が、麻祈のそれを指差した。

 麻祈は片手をオカマラインにして頬へ添えたいつもの道化姿で、やはり哄笑しながら、彼女を常套句にてあしらった。

「おほほほほ。嫌だわオネエサマ。嫁入り前の乙女に素肌をさらしなさいなんて、はしたないコト勧めるもんじゃござぁませんわよ?」

「あんたね」

 ぴしゃりと。

 こめかみを強烈に引っぱたくような叱咤を、佐藤がくれてきた。

「さっきもそうだけど。どーせ明日からもずっとキングるんだから、あたししかいないこんな時までキングらなくたっていーじゃんよ。いくらなんでも食傷だっつの」

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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