「佐藤先生ぇー」
「これは橋元先生。こんにちは。ご無沙汰してます」
「こんちゃー。なんのなんの、こっちこそご無沙汰さん。元気そうでなにより。
ところで、段先生のことなんだけどさぁー。佐藤先生に、彼のカノジョ面からの協力を、ちょっちお願いしたいんだけど」
「? 出来ることなら、喜んで。それで、一体どんな?」
「会話に横文字多いんだよねぇー」
「……あー」
「しかも音も使い方も、教科書なんぞなんぼのもんじゃいってな普段使いでしょ。
その上、スラングや略語の使い方もごっちゃごちゃ。なおのこと通じないし」
「ですね」
「なんであそこまで英語抜けないの? もう10年くらい日本にいる筈でしょ? 彼」
「……多分、帰郷習慣のせいではないかと」
「へ? 帰郷?」
「ええ。オンライン帰郷。あいつ、いわゆるマウスポテトなんで。休みの日は海外の友人とメールやチャットで丸一日やりとり、なんてのもざら。
英語の話し方が、地域も新旧も色々ごった煮なのもそのせいでしょう。ウェブ向こうの友人の癖に引きずられるんですよ。元から、各国ぐるぐる回って育ってる手前、適応能力ハンパないんだし。
それに、『日本語のなまめかしいところは好きだけど、ちんたら回りくどいのは邪魔臭い』とか言って、読み込む愛読書は日本語だけど、ちゃっちゃと読み進めたい数学誌や読み捨て本は洋モノだし。洋画も字幕消してしけこんでるし。
実際、休日に連絡したりすると、格段に英語が増えてますから。感情表現なんかもケバケバしく、あっち寄りになって。あたしも勉強になることが多くて、それを咎めないもんだから、なおのこと。
気付いても良かったのに、今の今まで……申し訳ありませんでした」
「いえいえ……
てか、段先生って、帰国子女でバイリンガルのくせして英語キライって話じゃなかったっけ? どっか海外の学会行った時に、ずっとダンマリ決め込んでたとか」
「そんな逸話が有名なようですね」
「……なに? 一人歩きしてるってわけ? 噂話が」
「とは言え、お口にチャックして南京錠をかけるがごときアンタッチャブルを剥き出しにするケースが絶無ではありませんし。そもそも、一人歩きを野放しにしているのは、あんにゃろの面倒臭がり根性。自業自得ですよ。
―――だからこそ、自分で拭ける奴の尻は薄汚れさせておいていいにしても、患者家族へのそれは見過ごせませんね」
「うん。ただでさえ病気かもって不安なとこに、医者の口から横文字出てくるとね。他意が無くても、他意を勘ぐらせちゃうから。
お付き合いしてく中で補正してあげてくんない? 日本っぽく。発音でも使いどころでも、じゃんじゃん手当たり次第に」
「はい。留意のもと監督します」
「あと、方言も教えたげて。こっちは、体調不良や日時に関するものから優先して」
「承知しました」
「標準語には馴染めないってお年寄りも多いから、いつか話せるよーにならんもんかなぁ。方言。
うーん。ペラペラなのが英語じゃなくて方言だったらバッチグーだったのに」
「ちなみに、わたしからもということは、橋元先生も既にご指摘なさったと言うことでしょう?
それでも、助力を乞うなんて……まさか、反抗でもされたんですか?」
「いんや。疑問視された」
「と、言いますと?」
「咄嗟の英語なんてソーリーソーリーひげソーリーくらいで勘弁してって言ったら、なぜ整容行為を謝罪するのですか? って」
「あー広辞苑。あの広辞苑」
「でしょ。駄洒落も、彼の目録に入れたげて」
「努力します」
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