「アサキングぅ。改めて思うんだけど、毛ってすごくね?」
「……なにをどう思い改まったらそうなるのか、そっちの経緯の方もなかなかに興味深いが。え? なんだって?」
「だから毛だよ。ケ。モウとも読む」
「モウ読みだったら、数の単位だけどな。命数法」
「さすがアサキング。目の付け所が数学オタク。
命数法は、アレだね。とりあえず全部唱えたら魔を払えそうだよね」
「そうだな。その気になるって大事だよな。きっと魔だって空気読んで、そっと退いてくれると思う。イタイ子をイジメたいなら姿を現さないままバコッと一撃を食らわせればいいのに、わっざわざ視認可能な場所に姿を現してくれる奴だし」
「きっと、分かりやすい日本語で話してくれるよね。咄嗟に『お、お前は何者なんだ!?』て叫んだら、
『サア参りましょう閣下。奥方と首輪がお待ちです』って応答してくれるよね」
「俺は何者だオイ。魔に迎えられた俺は」
「いやー。毛ってすごいよねー。
頭髪と睫毛と眉毛とムダ毛は、美容業界にどれだけ寄与してるのかなー。あっちで切ってはこっちで伸ばして、そっちを抜いてはこっちに生やすでしょ。黄金ループだよ。組み込まれたら金を払い続けるしかない商売サイクルだよ。
腕とかスネとかはフサフサだと男性ホルモン強めっぽいのに、頭はハゲてる方が男性ホルモン強いとか言うし。頭皮と頭皮以外で格差社会だよ。生まれた場所で命運決まるよ。人間社会以上だよ」
「人間社会以外の観点から見ろよ。幸運の女神なんて、前髪しか生えてねーんだから。掴み損ねたら再チャンスはないって意味合いで」
「
前髪だけ生えた神(メス)を捕獲せよって、テレビ番組のハンター企画でも、わりかし罰ゲームの部類なんじゃないかな」
「ピクミンの一種だと思え」
「女神たくさん過ぎるよー。希少価値ないよー」
「仮にも神様を引っこ抜いてブン投げて敵に食わせることについて、感想はないのか?」
「ないよー。芽の代わりに、あんなに長い髪の毛して野生してたら、確実に女神は貞子と化してるし。うぞうぞ貞子。ミニサイズだから携帯電話の画面から出る。ガラパゴスの二つ折りを開くと、ホラあなたにも―――」
「お前だってガラパゴスじゃねーか。ケータイ」
「そうだった。やべ。帰れ貞子。帰らないとドラゴンの鉄拳が火を噴くぞ」
「ドラゴンって何だよ」
「あんたの忌み名」
「
忌まれてたのか俺!?」
「たりめーだよ。じゃんけんすると三分の一の確率で相手を丸コゲにする奴なんて、がきんちょ時分から村八分に決まってるでしょ。いくら豊穣たる中国四千年とはいえ、異端者に明け渡す懐なんてないよ」
「なんたることか……ドラゴンとして生まれついたがゆえの過酷な運命(さだめ)……」
「うあ。真顔でドラゴンとか自称して恥ずかしくない?」
「
曇りなき眼(まなこ)でコノヤロウ!! このやろう裏切り者!! すいません裏切り者です、先生、せんせえええぇぇぇ!」
「そういや中国には、竜のヒゲって飴あったっけ」
「ああ。現地じゃおなじみだよな、龍鬚糖(ロンシュータン)。大昔、百人の大臣を招いて宴会をした際、飴を作ってる様子を見かけた皇帝が、『竜のヒゲっぽい! 縁起がいいぜ!』とはしゃいで顔面に貼り付けたことが起源だっていわれてる―――」
「
食い物を粗末にして遊び呆ける皇帝を諌められなかった百人の大臣は、古今東西 立つ瀬ないよね」
「そっち!?」
「皇帝も皇帝なら部下も部下だよ。わたあめ貼り付けて『サンタクロース』なんてネタ、今時分じゃ小学生だってやんないし」
「酒でも入ってたんだろ。佐藤と同じで」
「あたし?」
「ああ」
「あたし飲んでないやい。そりゃ、さっきのデザートは洋酒入ってて酒臭かったけど。こんだけ水たっぷり飲んだらリセットだい」
「いや。それ
日本酒」
「へ?」
「上善如水(じょうぜんみずのごとし)。そーいう酒」
「は? な?
た、頼んでないよ? あたし。そんなの」
「うん。俺が頼んで、コップに入れ替えた。さっき。実験したくて。
水みたいな酒っつっても、さすがに気付くだろーって思ってた。デザートで誤魔化されたとはいえ……本気で味オンチなんだな、佐藤」
「アサキングに比べたら誰だって味オン―――にゃぎゃー! 酒だって分かった途端に顔が熱いーっ! 脈が速いー! ぐるぐる……ふわふわり……」
「あー。ノンアルコールドリンクでも、パーティーだと酔っ払う奴っているからなー。水じゃないと分かったら酔い出すのも道理だなー」
「こんな……はずでは……脳の堕落をあえて助長させる飲料を、そうする必要もないTPOに、好きこのんで摂取するなんて……」
「けっ。聖書にまで書かれてる二日酔いの醜態から、てめぇだけが逃れようったって、そうは問屋が卸さねーんだよ。
ほれほれ息が上がってっぞー? マラソン後かー? 風呂上りかー? やーいやーい。けらけらけらケラケラ」
「見るなー! 取り乱して真っ赤でふしだらな―――じゃなかった、ふつつかなワラシを見るな! ―――歯を見せて笑うなぁ! ってか、言い間違いを笑ったのか呂律が回ってないのを笑ったのかどっちだ! どっちでも叩くからどっちとも言え! 一回で済むところを二連撃……うああぁんトイレどこー!?」
「そちらですよレディ。なんならエスコートでも?」
「うっさいあほ! あほー!」
「バタバタ走ると余計にアルコール回るから気をつけろよー。
……いいなコレ。ぺらぺらと饒舌になるのか。あんまり喋りたくなくなった時とか、ちょくちょく仕込んだろっと」
―――これが、中日(なかび)の顛末でした。
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