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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「出・て・け」

 ひっこめた手を不潔なもののように服の腹になすりつけながら、上野が唾棄した。

「出て行けよ。どぉせまた馘首(くび)なんだよ。どれだけ医者に言われたとおり寝て食べて身体あったかくして薬飲んでも、毎月毎月こうなんだから今回だってそうなんだ。金曜日に早引けさせられちゃったってことは、もうきっとまた馘首だってもう決まってんでしょォがア!!」

 せりふの消沈など無かったかのように、彼女は再び怒号を上げる。

「だったらわたしももうすぐこの部屋出てかなきゃなんないんだから、あんたもさっさと出て行って!!」

 そして身体を丸め、声を上げて泣き出した。

 上野は、立てた膝の間に頭を突っ込むような格好で、号泣している。

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「ヘラヘラうだうだトロトロしてるだけで可愛がってもらえるオコボレ人生歩むのはあんたの勝手だけど、それがムカつく人の迷惑とか考えたことあんの!? 無いでしょ無いからこそそんなのでいられるんでしょ! 現にこーやってここまでムカついてんの言ってやってんのに、ぼけーっと居直りやがって! 聴覚まで馬鹿!? まるごと馬鹿!? 陰気で根暗なだけでも勘弁してほしいのにネチネチと粘着系馬鹿!? キッタネェ。菌じゃねぇのマジ? ああああぁぁアああああ!!」

 上野が、平手で床を殴りつける。それを続ける。そして喋り続ける。攻撃欲を宿した双眸をぬめらせながら、泡と悲鳴を飛ばしていた。

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(……え? ……)

 怪奇現象だ。目を奪われて、硬直する。

 携帯電話が床に落下して滑り、壁にぶち当たって止まった。

 そして、手の甲に、痛みと痺れがやってきた。ぶっ叩かれたのだ。携帯電話を。それを保持していた紫乃の手もろとも。それを理解する。

 そうして打擲(ちょうちゃく)してきた上野が、旋回させた己の腕の勢いに巻き込まれるように、ごろりと向こう側に寝返りするのも理解できた。

「う、上野さん!? 上野さ―――」

 紫乃は呼びかけた。返事はない。

「楽にしていて下さい。今、救急車を呼……」

「呼んだら殺す」

 言われる。

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「―――あ。起きた」

「…………Ah, ―――」

「言っとくけど、ここ日本の職場の日中だぞえー。ほら、あたしのカッコ見ろぃ。まわりの風景見ろぃ。アサキング」

「……あー……」

「そうそう」

「あーいーうーえー」

「よしよし」

「おやすみなさい」

「よかないわ」

「だすよねェ」

「? なに出すの?」

「No, no, やっべ混ざった間違えた。『だーよねーえ』か『ですよねー』だった。はい。仮眠しゅーりょー ……
 って。あれ? 俺、佐藤には、どーにも自分ひとりで起き切る自信が無いから、手が空いてたら20分後くらいにピッチ(PHS)鳴らして欲しいんだけどって頼んだだけのつもりだったのに。いるじゃんここに。ナマ佐藤」

「ナマ佐藤って、ニュータイプの駄菓子みたいだからやめてくんない? 生砂糖」

「わー。なまさとう。ねろねろしてて、水飴みたく、練ったら白くなりそうな予感。歯にくっついて、水を飲んでも飲んでも生砂糖の気配が残る気がする。水飴との違いはネーミングとパッケージと三割り増しの値段だけなんだけど、購買者はネーミングとパッケージと三割増しの値段が違うから、モノは同じだなんて気付かなーい」

「そりゃそうでしょ。気付かれて買われなかったら、たまったもんじゃない。商品開発部の苦労と夢物語とお給料に響くじゃん」

「でしょーねー。響くじゃんねー」

「……気晴らし散歩がてら顔を見に来てみたら、これかい。
 えらく疲れてんね。自前で起きられないかもってのが頷けるわ」

「あらイヤん。これから病棟行ったら、せんせー年寄りですかートシ寄ってきてませんかーって白衣の天使に言われちゃうー」

「ってぇか、それを見越して、あたしにワンコール頼んできたんでしょ。ナースに頼んだら、それ以上のことを勘繰られるかもしれないから。どーせ彼女ら、緊急時ならかけてくるし、その場合は、それを目覚ましベルとして仮眠を中断するしかないしね」

「いやはや。相変わらずの名探偵っぷりだぁね。そのご慧眼には、御見それするわ。
 にしても……あー。喋ると眠気とれるー。ケータイのカウントダウンタイマーを無意識に切らせやがった睡魔が退散していくー。いやー。助かったわ佐藤。ありがとう」

「……昨日の当直、そこまでひどかったの? 忙しくて仮眠つぶれちゃった系?」

「ひどかったなんてもんじゃない。忙しかったは忙しかったけど、それはそれ。睡眠時間がけずられたのとは、また別格」

「ほほう。マックスひどし逸話をどうぞ」

「深夜三時前に夜間外来にやってきたジーサンの主訴が『眠れないんです』だった。そして延々と彼の話を聞くしかない俺」

「ああ……思わず、あたしまで遠い目になる……
 ちなみに、その次席の話は?」

「モンスター患者ふたり。
 いや違った。患者は男の子ひとりだった。しかしモンスター二匹つき」

「どーいうこと?」

「深夜の居酒屋から救急要請がありましたー。
 とにかく手をつけられないってんで、もーしょーがなくって救急車は出かけましたー。
 するとそこには、便所の後ジッパーを上げる際にしまい損ねちゃってたブツを金具に挟んで泣き叫ぶ男児がいましたー。親と一緒に」

「あちゃー。かわいそうに」

「職員は『救急車が来るまでのン十分で親が外してやれよ。ってか、こんな時間まで子ども連れまわして酒飲んでんじゃねーよ。保護者なら保護してくれよ』って思ったらしいけど、とにもかくにも丁寧にジッパー外してやって、出血も認められなかったから、軽く消毒した後に『また状態が悪化したら病院へどうぞ』みたいに親に言ったんだとさ」

「ふむふむ」

「そしたら、ブチ切れた両親が救急車を乗っ取って病院までやってきた。
 『オトコの大事なところがこれ以上に悪化するまで待てってのかボケがァ 凸( ゜皿゜メ)!!』と息巻きまくり。
 あ。息巻きまくりって早口言葉っぽい。赤巻紙・青巻紙・黄バミ巻きっぽい」

「黄バミ巻きってなに?」

「ダシ巻き卵」

「にぎゃー! 嫌な蔑称つけやがったー! あたしが大好きなのを知ってるくせして最悪な印象つけやがったー!」

「ふふふ。モンスターな親どもに食いつぶされた時間のみならず、それを表面上は笑顔でかいくぐりつつもムカッ腹が抑え切れなかった内面によってモンスターズが去った以降も一睡すら出来ず、今朝のご来光を拝んだ俺だ。お前に嫌がらせできる機会を逃してなるものかあ。飛んで火に入る夏の虫めぇ、貴様はこれからダシ巻き卵に向き合う都度都度、『黄バミ巻き』にさいなまれる生涯を送るのだー」

「ちなみに あたしはピカ○ューのことを『妖怪 黄ばみネズミ』と言い表した某漫画家さんを尊敬しています」

「黄ばみ同士で打ち消す策に出た!?」

「いや。黄ばみついでに思い出しただけ」

「確実に回避したい回想パターンのひとつだな」

「回想パターンひとつでモンスターズを回避できるのが確実なら、いくらでも黄ばんでやるってのー」

「なんだと? それなら、俺だって負けねーぞ。やるか黄ばみ対決」

「よし来た望むところだー。
 手始めに、炊いた白米を炊飯器で保温したまま3日間ほっとく勝負を始め―――

すんませんでした無理です降参を認める慈悲を戴きとうございます

「だよね。食える嫌いだもんね。あんた」

「炊き立ての白米があるのに、あえて臭くしたメシを食べるなんて、絶対に拒否する。ミカン食った後の手か便器のさぼったリングで勘弁してくれ」

「しょーがないなー。
 じゃー今度、あたしがミカン手土産にアサキングん家の便所掃除しに行ってあげるから、あんたはあたしン家でごはん作ってよ。白米の悲劇予防で手を打ってあげる。どう?」

「なんでこんな展開になるのか疲労やら何やらで頭がついていかないけど、それくらいなら、お安い御用だ。交渉成立、掘り出し物(It's a deal! It's a steal!)! 首と水周りと食材を洗って待ってろーい」

「おーよ上等じゃー。機会があったら、すかさず連絡しちゃるわーい。
 ―――ってことで、そろそろ現実世界で働くとしませんか? 段先生」

「もちろんですとも。佐藤先生」

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. 彼は紫乃の様子に、現場へと取り残される一般人の危機感だけを、医師として嗅ぎ取ったらしい。一層に、声音が穏やかにゆるんだ。

「ええ。そうでしょうとも。急変しないか……なにかあるかもと、さぞかし不安でしょう。だったら、また電話を掛けてください」

「また、」

 信じられず、紫乃は言葉を噛んだ。

「掛けても、いいんですか?」

「もちろん。あなたさえよければ、いくらでも」

 そして、麻祈が続ける。

「ですから、早急に救急車の手配をお願いします。坂田さんが患者に付き添って救急車に乗る場合は、財布を忘れずに。救急車は病院に運んでくれるだけで、自宅まで送り返してくれるのは、有料のタクシーです」

「―――はい」

 頷く。

 決心がついた。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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