「出・て・け」
ひっこめた手を不潔なもののように服の腹になすりつけながら、上野が唾棄した。
「出て行けよ。どぉせまた馘首(くび)なんだよ。どれだけ医者に言われたとおり寝て食べて身体あったかくして薬飲んでも、毎月毎月こうなんだから今回だってそうなんだ。金曜日に早引けさせられちゃったってことは、もうきっとまた馘首だってもう決まってんでしょォがア!!」
せりふの消沈など無かったかのように、彼女は再び怒号を上げる。
「だったらわたしももうすぐこの部屋出てかなきゃなんないんだから、あんたもさっさと出て行って!!」
そして身体を丸め、声を上げて泣き出した。
上野は、立てた膝の間に頭を突っ込むような格好で、号泣している。
.
紫乃は、……ただ、彼女へと、囁いていた。
「分かりました―――」
立ち上がる。
遠くに行ってしまっていた携帯電話を拾い上げて、ポシェットに入れようと、その蓋を開いた。ポケットティッシュが見えた。上野にあげたかったけれど、止めた。代わりに、声をかける。
「わたしじゃなくても。鍵は、掛けておいた方が、いいと思うって、思うんです」
上野からの返事はなかった。聞けるとも思えていなかったから、それでいい。
紫乃は、上野の部屋をあとにした。その玄関の電気だけ、消した。
夕暮れも深まる寮の駐車場で、社長に電話をした。呼び鈴を押しても返事はなかったが、上野は在宅していたことを報告した。社長はまだ話したそうだったが、報告は終ったので電話を切った。
車を運転して帰宅した。何回か、どこからともなくクラクションを聞いた。自分宛てだろうか? それを考えることが出来ない。
自宅に到着すると、母と姉がいた。適当にやりすごしていると、風邪を疑われた。疑惑に逆らわずに、母親の作った粥を舐めて、姉が譲ってくれた一番風呂を済ませた。部屋で寝たふりをしていると、そっと父が部屋の前まで来て、そっと立ち去って行った。床板の軋み方で分かってしまう。様子を探りに来たのだろう。
欠伸をすると涙が出た。それを最後に、眠りについた。
[1回]
PR