. 声でさえ違う。妹のそれは、例えるなら和太鼓だった……最短で最大級の威力を轟かせる、痛恨の一撃だった。対する小杉の声はキーが高く、はしゃいでいて、顔を合わせた四十二分前から延々と続いている。延々と。
「―――でも本当、せんせーが来てくれるなんて思ってなかったら、すっごく嬉しいです―――」
延々……延々と……
買い物の話が出てこない。
.
微笑を宿らせた口先ではフレキシブルに応答しながらも、麻祈は腹の中では滅法困惑していた。四十二……否、腕時計へと目線をこぼすに、こうして四十三分目。世間話と昨夜の合コンの逸話とこちらへのご愛嬌がランダムループされるばかりで、件(くだん)の買い物については主旨どころか枝葉末節どこにもかすってこない。
(……こーいう患者いるよなぁ。今日はどうされたんですか? って尋ねたら、それはあの夏の日の朝―――ってオープニングから回顧録が再生されるご老人……)
初診外来の風景と今の状況を重ねてみるのだが、やはりうまい重合とはいかなかった。小杉は今が旬の美女だし、麻祈は病院貸与の白衣も着ておらず、己の右手が指を掛けているのはミネラルウォーターの入ったペットボトルであって電子カルテに接続されたマウスではない。初診外来でそうするような手法を用いて、欲しい情報まで対象を誘導するのは、出来る気がしなかった。ましてや勤務中でもないのだから、したくもない。
と。
「―――でね、やっぱり選ぶときに男の人の目も欲しいなって思ったら、あたし今、せんせーしかいなくって。こんなことお願いするなんて気が引けちゃったんですけど」
「とんでもない」
小杉のせりふよりも、己の声に、はっと悟る。今だ。
「それじゃあ、そろそろ」
「はい! 行きましょー」
機嫌よく椅子から跳び上がった小杉から見えないところで、麻祈は小さくガッツポーズした。自分の会話テンプレートに準じて正解だった。なにをどう話して「それじゃあ、そろそろ」に着地したのかはまるで聞き流してしまって記憶に無いが、とにかく事態に変化が生じたのである。であれば、これから自分次第でいくらでも一発逆転・起死回生を望めるはずだ。
[0回]
PR