. 受話器向こう。ぽかんと、坂田が呆気にとられるのが伝わってくる。
「……え?」
「ため息をつくといいですよ。まず手始めに。ほら。さん・はい」
機械越しに、空気がこすれる音がした。素直である。幸先がいい。
頃合を計る。
「吐いた? なら吸って」
麻祈は続けた。
「はいゴックン」
一拍置き―――
「呑んだ?」
「は、い」
「では確認に移ります」
「……は、はい」
返事を聞く。
.
あとはルーチンだった。要は、情報収集、その整理と分析、判断、それに基づいた指示である―――だたし、指示出しを受ける相手がズブの素人であることを念頭に、ガイドライン通りに一次救命処置を坂田が進めることが出来るよう、最大限のアシストとサポートと鼓舞を行う。ただ、あまりにルーチン過ぎたせいで、最初の段階で救急車への通報と自動体外式除細動器(AED)の調達がすっこ抜けていることなど疑いもしなかったのはこちらのミスだ―――そもそも病院に連絡がついていたら麻祈と同等の協力が得られていたはずなので、彼女が助けを求めてきた時点でその本末転倒さから気付いて然るべきだったろう―――が、痛いミスではなかったのは不幸中の幸いだった。対象者に自発呼吸があり、それを妨げる要素も無さそうな今回は、なんの問題にも発展すまい。坂田はそれより脈の触知などを気にしていたようだが、それこそお門違いというものだ……まあ、叩く門を間違えるのが素人である。むしろそれくらいでないと己のスタンスを勘違いする危険もあるから、こちらも不幸中の幸いと言えたかもしれない。
救急車へ連絡するよう念押しして、麻祈は通話を切った。携帯電話をポケットに戻して、シートベルトをする。エンジンをかけ、家路に着いた。ついでに給油も済ませた。いい機会なので米も買った。
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