. 麻祈は携帯電話を手に取った。新着未読メールの件数を見た時点でピンキリまで通読する気は失せたので、目分量で後ろ三分の一あたりから開封していく。小杉はあのあとしばらくショッピングモールをぶらついてから自宅へ帰ったようで、今は平日に録り溜めしたテレビ放送を視聴しているらしい。主にクイズとドラマとグルメの番組だというが、それ以外の番組が日本の地上波で主立っているのを麻祈は見たことがなかった―――こちらへ転居したのを機にテレビを処分してしまったので知らなかったが、ここ数年のうちに局が志向を変化させたらしい。としたら、今はなにが流行りなのか、見当もつかないが。
小杉のメールはグルメ番組の感想から、いつしか麻祈との食事プランへと変貌して行った。しかも、変貌し続けた。メニューどころか、そこへ至る道程やらイベントやら、ひどく気ままに旗色を変える……いや、そこまで変わってもいないのかもしれないが、彼女の発する言葉はひどく場当たり的で、当然のように5W1Hと時系列を無視するので、プロセス立った思考を旨とする麻祈には百面相以上の変化を起こしているとしか捉えられなかった。
困り果てる。確かに機会があればと言ったのは自分だが、小杉自身がそれを量産してこようとは青天の霹靂としか言いようがない。更には、青天の霹靂であることを当人に伝えようがない―――今更どのツラ下げて、という意味以上に、なにをどうしたところでカエルのツラの皮に小便で終わる予感がする。言いたいことを言い続けたいがために聴衆を逃さじと発奮し、こちらの口舌を受け入れるのは己の長広舌を受諾させんがための後の先を取る策である気配が漂っている。それはもう、ひっきりなしに、濃厚に。
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勝てる気がしない。負け戦どころでない。恐らくは、もはや敗走すら許されない―――攻勢を保ち続けるには、対象が存在し続ける必要があるからだ。だとしたら、敗戦を訴える意味もない。白旗は揚げる前に折られる。揚げたところで認められない。だとしたら、彼女が飽きるまで交流を継続するしかない。
「……―――はっ、ブチのめせないのとはつるんどけ、ってか( Humph! “If you can't beat 'em, join 'em”, what?)? ええと、日本語でなんて言うんだっけ……こういうの。長いものには巻かれておけ? 郷に入りては郷に従え? 絶対多数の幸福? あーもう、めんどくせー……」
しょげながらも、呟く。
そして麻祈は、最後にはシカトされたとむくれた小杉へと、とにかくこうして返信が遅れたのは申し訳ないといった文面だけ、相手のレベルに合わせた調子で送り返した。
そして、風呂場に行って湯を止める。今日は顔は石鹸で洗わないでおこうと、湯気にひりついた輪郭に思い出しながら。
次の日曜日は、特に記憶に残ることをして過ごしていない。
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