(なやむってなんだっけ?)
それを考える。
分かっていることは考えない。分からないから考えるのだ。今の自分が分からないこととは、なんだろうか? 一番最近、どうしてと感じたことはなんだったろう? どうして―――?
そのひと言を、とうとう向けることが叶わなかった、彼のことを思い出した。
「あさき、さん」
.
「あさき? その、さきちゃんが、なに?」
「うん……とっても、お世話になった人なんだけど」
口に出せば、それは事実として、本当のことだということに気づく。
紫乃は、どこへ向けるでもなかった顔を、母へと向けた。
「どう、お礼したらいいかなって」
「そうだったの」
ようやっと得ることができた解答を疑うことなく、母が話題に乗ってくる。どこか得意げに、持っていた体温計の先っちょを、ぴっと耳の横に立てながら、
「そりゃあんた、その人が好きな食べ物をプレゼントするのが常套よ」
「食べ物?」
「飲み物でもいいけど、お母さんのお薦めは断・然、食べ物ね」
うんうんと頷いて見せてから、言ってくる。
「なんのせ食べたらおいしいし、無くなっちゃうから場所も取らないでしょ。万が一、好みと合わない時も、家族なり働き先でなりシェアしちゃえばいいし。最悪、腐ったら諦めて捨てる事ができるもの。小物とか服とかだと、そうもいかないから」
「食べ物……飲み物……」
前者は無理そうだった。合コンの風景を思い返してみても、麻祈が口に運んでいたものと言えば、どうにもアルコールしか目に浮かばない。飲酒習慣の無い自分が銘柄をひと目で見抜くような眼力を有している筈もなく、赤っぽかったり水っぽかったり琥珀色を揺らめかせていたりといった風にしか、記憶に残っていなかった。記憶に残っていないのだから、記録すらしていないだろう……都合良く日記をつける習慣があるわけでもなし、そもそも字を書くなんて最近じゃ手帳くらいしかないのだけれど、それだってスケジュール管理に使っているばかりで、―――
(そうだ。手帳。あのレシート)
それを思い出した。
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