. 日曜日のカフェテラスの午後にふさわしい条件は揃っていた。出窓からテーブルを浸してくる陽光は温み、店内へと満ち満ちたそれは人気と料理の芳香を吸って一段と暖かで、談笑する客人の腰を目蓋ともろとも重くさせる。観葉植物の葉は造花でなく生きている。甘やかな春の光を受けて、殊更にやわらかそうな緑色をしていた。
「メニューとアクロバットした普通さだよねぇ。この内装」
テーブルを挟んで向こうの椅子に腰かけた葦呼が、そんなことを言ってくる。彼女の手元には、ティーカップに満たされた茶とベーグルサンドがあった。特に変哲ない食事だと思えたが、まあ彼女がそう評する以上は、そうなのだろう。そんな自分の前にも似たような昼食があったのだが、なにを注文したのか覚えていなかった。葦呼と同じものをと依頼したせいだろう。ということは、似たような食事でなく、同じ食事ということになる。忘れていた。どうでもいいが。
テーブルの机板は一枚ガラスだったので、籐編み細工の椅子を軋らせながらブランコさせている葦呼の足先が見えた。ぷらりひょんといった感じで好き勝手にしている若草色のシューズを眺めながら、紫乃は口を開いた。
「毎回ごめんね。さっきも。手土産もらっちゃって」
「全然だよ。あげる相手がいるのは嬉しいことさ。それに、晩御飯も食べさせてもらえるんだし」
「それこそ、お母さんの趣味につきあわせちゃって。……夕食、迷惑じゃない?」
「どんでもねぇだぁ。んまいもん。ありがたいよ、ほんと」
にへら、と顔をとろけさせる葦呼に、安心して笑い返す。
その素直な顔つきも、ノーメイク・ノー女っ気なシャツにジーンズ姿も、高校の時からちっとも変わらない……両親が共働きで誰かと食卓を囲むことなど滅多にないという葦呼の境遇に度肝を抜かれた紫乃の母が、彼女と出かけた時だけでも坂田家で夕食を食べていくように勧めるようになってから、本当はもう十年近く経っているのだけれど。
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