. 葦呼は紫乃よりひと回りミニマムな体躯をしているのだが、紫乃より食べるくらいだから、母も食べさせ甲斐があるのだろう。車で紫乃を迎えに来た葦呼と喋る母の声は、先の手土産もあってか、一段と燃えていた。父も姉もこういった騒ぎは大歓迎しているので、今夜は盛り上がるだろう。茫漠と、そんなことを考える。
「んで。持ってきたその袋が、要件の大元?」
問いかけに、はっとして。
返事をしようとしてから、口の中で噛んでいるパンとハムを思い出す。
咀嚼を無事に終えてから、紫乃は口を開いた。テーブルの端に置いていた紙袋を、葦呼の方へと少し押し出してから、
「うん。そう。これ、麻祈さんに渡してほしくて」
「アサキングに?」
.
口どころか目玉まで真ん円にした葦呼が、半分ほど食べたベーグルサンドを皿に手放して、その指先をお手上げに固めた。降参の意味でなく、仰天したポーズのようだ。毛穴まで開いたように、短めの茶髪がふわっと浮き上がる……まあ実際それは、両掌に扇がれた風圧によるものだろうけれども、葦呼の表情は紫乃の錯覚の方が正当性が高いことを語っていた。
「合コンでスポッとヅラを脱いで若ハゲであることを暴露でもしたの? やるな。英断。あんにゃろう」
「いや英断なのそれ? まあ、そんな男気見せられたら確かに称えなきゃだけど。そんなことないから」
「やっぱりかぁ。あの寝癖は地毛だよね。ヅラだったら脱いで寝るから癖つかないよね。じゃあ変顔でもやったんだ。変だった?」
「ええと。変じゃなかったけど」
「えー? 変じゃなかったらウケないじゃん」
「そもそもしてないから。そんなの。まあ、顔立ちがケルナルって音楽アイドルの誰かに似てるとかで、女の誰かさんの受けは良かったかな」
「およ? じゃあこれ、それへの褒美? まさか陣内さんから?」
「違うの。褒美じゃなくて。わたしからの、お礼」
「お礼とな」
ぽて、と鎖骨前から落とした両手を再び昼餉へと伸ばし、葦呼が小首を傾げる。紫乃は続けた。
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