. どこの職場でも同じだろうが、医者だって病院だって、暇な時は暇である。
麻祈は、病院医局―――控え室という意味だ、念のため―――に分譲されている自分のデスクで欠伸をかみ殺した。病棟入りしていない常日頃は、こうして己のブース近辺か、それ以外の二箇所を徘徊しているのが彼の習慣である。どでかい大部屋を用途別に小分けした我らが医局は地上三階南向き、時刻は午後直前に差し迫り、うららかな陽光がいけない誘惑を躊躇わなくなってきたのを感じる。時間帯から言えば、その誘惑は食欲で然るべきなのだろうが、麻祈はそれよりも母親によって満遍なく叩かれた羽枕を欲していた……大昔、長期闘病の末に死別した母親にそんなことをされた経験などあるはずがなかろうとも、憧憬とはそんなもんである。つまり、自分勝手だ。
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自分勝手ついでに言えば、もちろん己の机にそんなものはない。腰掛けた椅子にクッションすらありはしない。当たり前だが机上は人並みに散かっていて、遺伝子検査の試供品もひとかけのチョコレートの分け前も一緒くたに数週以上ほったらかしであり、気まぐれで同僚から印刷をもらったクロスワードパズルですら半分ほど埋めた以降手付かずだ。医薬情報担当者からのサービス品であるパソコンメモリー媒体には、患者情報や研究資料でなく、ミレニアム問題へのメモ書きが雑魚寝している……たかが二メガバイトの容量なのだから、純然たる趣味に費やされる程度でちょうど良かろう。
(そーだ。このメモリー使って、この前の講演でも総ざらいしてみるかなぁ。佐藤とオタク会する前に)
滲んだ涙を睫毛ですり潰し、麻祈は肘をついて鼻梁を支えていた掌から顔を上げた。閉じていたノートパソコンの画面を、上に開いて……
そこで、液晶画面に自分以外の顔が反射していることに気付いて、己の肩向こうを返り見る。だけでなく、相手がそのまま素通りしていかないことを知って、麻祈は顔に身体をついていかせた。体重を吸った椅子のキャスターが半回転し、きゅらりと軽薄に軋む。
「これは佐藤先生。こんなところまで、わざわざ。わたしに、どういったご用件でしょうか?」
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