. おおよそ百人キャパシティの医局は、いつになく閑散としていた。昼食を摂りにラウンジや食堂へ向かった者のみならず、未だに外来診療や手術にかかずらっている者が相当数いるらしい。通路に立つ佐藤の向こう側のデスクについている医師の七三分けが跳ねたのは、うたた寝して頬杖から滑落したせいだ……今度こそ、机に額から突っ伏して熟睡を迎える体勢を完備したのだから、まず間違いない。
誰の耳も見えないが、衝立の壁の向こうには無数の聞き耳があったところでおかしくない。麻祈は、上向きにした人差し指を自分に向けてちょいちょい振る仕草で佐藤を手招きすると、素直に寄ってきた小造りの耳朶へ念を押した―――佐藤葦呼と段麻祈は恋人同士であるという建前工作を院内にて展開中であることを、自分自身にこそ厳命するために。
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「共同戦線だぞ。シンパ」
「おうよーはいよー大肺葉。けっ」
半眼で、渋々と佐藤が―――しかもさっきの麻祈への当てこすりに舌先を出しつつ―――言い返してきた。ふわふわした茶色い毛まみれの童顔なので、迫力はないが。
その上、けろっといつものとぼけ面に戻られては、殊更にあどけなく思えてくる。袋だって下げればいいものを、幼稚な頑固さでいつまでも麻祈に向かって突き出しながら、立ち位置を戻した佐藤が続けた。
「んで、元の話だけど。紫乃が、これあんたにって。聞いた話じゃ、急患に出くわした紫乃を、あんたがあたしにかわって助けてくれたんだって?」
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