. 危急の事態が発生し、かつそれに適応することが出来なかった場合、本当にそんな何事などなかったかのように―――あるいはその何事かなど難なくこなせたかのように―――過剰に今までの日常生活を遵守しようとする。それは、精神分析学ではありふれた、再適応までのメカニズムだ。麻祈へと通報せざるをえなかった出来事の直後だけに、なおのこと自分の中で容疑が固化してしまう。
そうなると確かめずにおれず、であれば、やはり佐藤を問い質すしかない。坂田へのそれが杞憂に過ぎないとの証言を得んがために、麻祈は口を開いた。
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「坂田さんのそれは、疲れたのを紛らわすカラ元気かもしれないって言ったよな。どうしてそう思った?」
「紫乃にはよくあることだから」
「よくあることなのか?」
佐藤はあっさりと、立て続けに頷いた。
「そだよ。どしたのって聞いても、別になんでもないって一辺倒」
「そうなのか? 女ってそんな時、ちょっと聞いてよそれがさーってノリノリで叫び倒すんじゃないのか?」
「うーん。そーいうのも、ないわけじゃないけど。なんてーか、紫乃は親しい人に気を揉ませるのに気兼ねするタイプでさ。奥ゆかしいっての? 自分事で心配かけさせるの、嫌がるんだよね」
聞いてしまえば、なおのこと看過できない。
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