「もしもし。こんばんは。坂田さん」
「あ、さきさん?」
「ええ。麻祈です」
そう答えてくる、彼。まるで普通に、通りすがりに顔見知りを見かけたかのように。
とりあえず、紫乃もそのような声を心がけて、挨拶した。いつもの癖で、声と同時に頭を下げながら。開いていた片手がなんとも居心地悪くて、もじもじと太腿の間に挟みこむ。
「こんばんは……」
「こんばんは。そして、お久しぶりです。こんなお時間ですが、今こうしてお電話しても、ご都合よろしかったでしょうか?」
「は、い」
きびきびとイントネーション正しく流暢に話す彼に対して、自分の口ぶりは、あまりにのろい。
(ごめんなさい)
紫乃は腰掛けたベッドの上で恐縮した。
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「お礼だという品、佐藤から確かに受け取りました。ありがとうございます。わざわざ、俺が好きなものをお探し戴いたようで」
「いえ、そんな」
「俺、こんな大層なものに見合うだけの働きをしたつもりもありませんがね」
麻祈の声が、軽く笑いを含んだ。笑い事では済まされないのに。
それを、言ってしまう。どうしても譲ることが出来なかった。
「謙遜しないで下さい。とんでもないです」
「はは」
次は、実際に声になった。笑い声……
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