. その日も紫乃は、帰宅してから食事をした。食べ終えたので歯を磨いた。磨き終えたから風呂に入った。それから上がれば顔がかぴかぴするから、自室にて化粧水と乳液で保湿した。保湿し終わっても寝るまでまだ早いから、テレビを見に居間に行くんだと、それを疑いもしていなかった、その時―――
ベッドに置いていた携帯電話が音声着信を歌い出して、目が覚めた。
(え? 寝てないよ? わたし)
そんなの、当たり前の筈なのだが。
それでも紫乃は、きょとんとして立ち上がった。座る場所を、化粧台の椅子からベッドの端っこへと移して、そこに放り出していた携帯電話を手に取る。
表示されていた名を目にして、息が詰まった。
.
単にそれは、奇妙な心拍をひと鳴きさせた心臓に意表を突かれたから、そうせざるを得なかっただけだったのだが、その動悸の原因も分からないというのは、電話に呼び立てられている最中においては危機的だった。名前を見ただけでこれなのに、電話に出るなんてしたら、自分はどうなってしまうのだろう? 話せるだろうか? それとも、話し続けてしまうのだろうか? どれが正しいのかも分からないが、確実に自分なら失敗しそうな気がしていた。ならば電話に出なければいい。ただ、こうしていればいい。そうしてさえいたら、簡易留守番電話に切り替わる―――
という直前、通話をオンにしていた。
そうしてしまえば、電話に出るしかない。耳へと、それを近付ける。
あの日と同じ、声が届いた。
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