「あなたは疲れてるんじゃなく、傷ついている。俺にはそう感じます。であれば、それは愚痴ではありません。だったら、俺に聞かせてくださいませんか?」
手から、意識して力を抜いたのに、震えは一向に治まらない。
「坂田さん? 坂田さん。どうしました? どうか、したんですか? 坂田さん」
脱力した手の戦慄(わなな)きが増していく。
どころか、唇も震えてきた。前歯で噛む。喉まで震えた。飲み込む。生唾の一滴も嚥下していないのに、こみあげてくるものを感じていた。胃袋よりも下にひそんだ、底知れぬ胸の奥から……さらには、眼窩から。
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「あなたが、どうして、どうかしてしまったのか。それを、俺で良ければ、教えてくださいませんか?」
そうして麻祈は、ただ静かに、紫乃のそばにいた。
「自分は医者の本懐として、誰かの個人情報を、誰かに漏らしたりしません。……あなたを心配しています」
もう駄目だ。
もう電話を切ることなんて出来ない。もう気付かずにいられない。今までのように手前味噌な推理や自分勝手な看破を投げつけられるだけだったなら、へらへらと笑うことで飛礫(つぶて)の的の役を演じたままやり過ごしていられたのに、ただただ寄り添われて待たれてしまったなら、もう泣き出さずにいられない。紫乃は、声を洩(も)らしながら落涙した。ずっと、こうしたかった―――それを、彼が見つけ出してくれたから。
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