「お礼だという品、佐藤から確かに受け取りました。ありがとうございます。わざわざ、俺が好きなものをお探し戴いたようで」
「いえ、そんな」
「俺、こんな大層なものに見合うだけの働きをしたつもりもありませんがね」
「謙遜しないで下さい。とんでもないです……」
その滑舌から判断し、麻祈は was sleeping? と、のたくった筆記体を二重線で潰した。続ける。
「はは。謙遜なさっておいでなのは、坂田さんの方でしょう。働いた度合いからしてみると、俺からお礼の品でも贈るべきかもって思うくらい、面映ゆいことをなさったんですから」
「そんなことないんです」
声質が、変わった―――深く、暗く。
集中すべく、麻祈のペン先が止まる。頭頂からタオルがずり落ちた。背中側にだ。筆記に支障をきたさない。無視する。聞き返す。
「坂田さん?」
「わたしなんか、……―――」
そこで彼女は、踏みとどまるつもりだったのだろう。ぐう……と、咽喉が嚥下した鳴動の音が、受話器の向こうから、麻祈の聴覚をかすめた気がした。なにかに、記憶が届きかけて―――
突如として情念を決壊させた坂田の涙声に、遊離しかけていた思索が引き戻された。
「わたしなんか、ほんとに迷惑なだけなんです。こんな程度で、みじめで、なにも出来なくて、どうしようもなくて……」
(これは本物だ)
直感する。麻祈とて佐藤と同様に精神科の専門でないが、彼女と同じく日本的医大の全科目を修業した身である。加えて、不意打ちの診断名を告げられた患者の急性ストレス反応を幾パターンにも渡り目にしてきた蓄積もあれば、それなりに対処を施してきた実績もあった。デフュージングなど語るのもおこがましいとは言え、もうこうなったら見殺しに出来ようはずもない。
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