「対象者が意識を失っていたのも、坂田さんへの横暴も、ドラッグを使用した可能性をパージして考えるなら……おそらく病気に因るものが大きいかと思います。貧血の方ももちろんそうですが、それよりもPMDD―――生理前不機嫌障害、との名称が日本式疾患名なんですが。月経が開始する前にホルモンバランスが変動することに起因し、常軌を逸した粗暴な行動を取ったり、食欲が異様なまでに亢進したりするんです。あ。亢進って、通じますか? 意味」
はいと返すと、良かった、ありがとうと挟んで、彼は続けた。
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「彼女の坂田さんへの振る舞いは、罪があります。けれどもそれは、彼女が己の病気に適切な治療を出来ていなかったせいかも知れないんです。それは恐らく、一遍通りのアナムネと血液検査で貧血のみと診断したのだろう軽率な医師に出くわし続けたからで、彼女だけの責任ではありません。罪を憎んで人を憎まず、ではありませんが……彼女も、苦しんでいたんです。それだけは、理解して差しあげてください。最近の彼女は、どうですか? 会社では」
「……そう、言えば。見かけて、ない、かも」
ここしばらく記憶があやふやなので、確かなことは言えない。そもそも紫乃と上野は勤務内容が異なるから、今までだって出社した時と書類を渡す時くらいしか接していなかったのだ。机の位置関係からしても、ずっと顔を見ないで働いていてもおかしくない。
麻祈は、紫乃が嗚咽を呑むのを待ってから、告げてきた。
「上役を介してで構いません。彼女には一度、婦人科を受診するよう勧めて戴きたいんです。PMDDの治療は本当に人それぞれで、骨折のように折れた部位を留めて肉を縫合しておけば全員治るって代物じゃありませんから、本当に効く薬ひとつ探すのさえ骨が折れる―――あ」
紫乃同様、麻祈自身も、せりふが思わぬ駄洒落となっていることに気づいたらしい。思わず小さく噴き出した紫乃に、彼は閑話休題と示すための空咳をして見せた。
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