「とにかく。なにかを変えるためには、誰かが始めなければ。彼女に接するのはまだ荷が重いことだと承知していますが、それでもどうか、お願いします」
「分かりました。ちょっと社長に相談してみたいと思います。ことの発端は、社長からの電話でしたから」
「ええ。是非そうして戴けると、ありがたいです」
そこで、会話が途絶える。
そこに漂った沈黙の種類が、これから埋めるための虚無ではなく、埋める理由を失くすまで達した飽和であることを察する。頃合いだと認めざるを得ず、紫乃は電話口向こうの麻祈へとお礼をした。
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「……ありがとう、ございました。わたしの話なんか、こんなに聞いてくれて」
「こちらこそ、ありがとうございました。大切なことを、こんなにも打ち明けて戴いて、本当にありがとう」
「ごめんなさい……」
そう謝るしかない―――何時間も話をして、鬱陶しいべそっかきの相手をさせたのだ。電話代はいくらになるのだろう? あの米焼酎でおつりが出るくらいで済むのだろうか? そう言えば本来なら、医者とは話すだけでも指導料だとか診察料だとかが掛かる筈なのだ……
そんなことまで、考えておきながら。
「こんなに聞いて貰えたけど。それでも、」
そうやって、口にまでしておきながら。
それなのに紫乃は、そのせりふを続けてしまっていた。
「もしかしたら、―――また……頼ってもいいですか……」
「もちろんです。あなたさえ俺でよければ、いくらでも」
麻祈は拒まない。彼ならば、そうだろうとは思っていた。なのに、こんなにも安堵した。
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