. その余裕からか、彼の優しさにつけ込んでいるようで今更に居心地が悪くなった紫乃は、途端に歯切れ悪くなるのを感じながらも、どうにか最後にそれを言葉にした。
「おやすみなさい。さよなら」
「ありがとうございました。さようなら。おやすみなさい」
そう口にしたのに、彼は電話を切らなかった。紫乃がそうするのを待ってくれている……いつだってそうだったから、今だって。
紫乃は電話を切った。そしてそのまま、携帯電話の電源を落とした。今日はもう、誰とも話をしたくなかった。このまま電気を消して眠ろうと思う。目の腫れ具合を最小にするには、顔を洗うか濡れタオルで冷やすかした方がいいのに決まっていると、分かり切ってはいたけれど。
思う。
.
(優しい。本当に、優しい人だ。麻祈さん)
合コンの時は、それに気付かなかった。合コンを終えて、教えられて知った。今になって、自分自身で知った。麻祈について。―――含みなく、彼はとても優しい人だ。
もっと知ることが出来るだろうか? 知りたいと、そう思ってしまっていいのだろうか? だからまた電話してもいいかなんて訊いてしまったのだし、それを麻祈に快諾させてしまった今となっては、そんな問いなどちゃんちゃらおかしいなんて分かっているのに。なにをどうして躊躇してしまうというのか? 自分は―――
(泣いて、喋って、疲れちゃって、考えるのもトロついてるから、そう感じるだけなんだ。もう深夜だし。ほんと寝なきゃ)
納得した紫乃は照明をオフにして、ベッドに入った。
あの時彼に言えなかった“どうして”が自分の中で羽化し始めていることを、彼女はまだ知らない。
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