. 紫乃の就業は朝の九時からだが、いつもその三十分前には社中にいて、開業のための雑用を済ませてしまうのが日課だ。パソコンを起動させたり、来客用の自動ドアの電源を入れたり、その玄関に派遣社員登録者募集の旗を出すついでに軽く掃除を済ませたりしているうちに、ひとりふたりと出社して役目を分担してくれるので、そのタイミングの前後次第では給湯室の湯沸かし器に水を入れるだけでいい日もある。そんな日は、自分のデスクで人心地つきながら、上役から朝礼が打診されてくるのを待つのだが―――
麻祈と電話した翌朝、紫乃は普段より更に三十分早く支度した。制服に着替えて化粧をし、新聞を読みながらコーヒーを啜る。入社当初を超えるその開始記録よりも、紫乃が久々に朝食をしっかり食べ終えたことに、母は目を点にしていた。そこからの視線に追尾されている気配は、
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「行ってきます!」
との出がけの溌剌とした挨拶までパーフェクトにやり遂げたことで、
「行っ―――て、らっしゃい。うん。その、ね、」
との尻切れトンボな送り出しで終わる。
きっ、と紫乃は前を向いた。
(社長は、もう社長室にいるはず。優雅な新聞のひと時を邪魔するのは気が引けるけど、……今日だけ、どうかお願いします)
車に乗り込む。それを走らせれば、ほどなく会社に着いた。いつも通り、駐車場から歩いて、裏口より中に入る。
既に社内は電気が点灯されていた。元は調剤薬局だったのを改造したらしい室内は窓が少ないので、真っ先に来た者がこうしておくのが通例である。となると、やはり社長はもう到着しているとみて疑いない。紫乃は、長方形のワンフロアを間仕切りして造られた社長室へと、歩を進めた。
矢先、社長室のドアが開かれる。内側から―――
制服姿の上野と、社長が、現れた。
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