「坂田さん。怒って、ないんですか?」
「怒る?」
「あんなに、わたし、ひどいこと言って……」
言いよどむ彼女に、紫乃こそ言いよどむ―――それでも、耳に残っているのは、上野の阿鼻叫喚よりも、昨晩の電話ごしの会話だった。
だったなら、ばつがわるい表情で、ほほ笑むしかない。
「このまま病気を放っておくなら、怒るかもしれません」
「その場合は、叱るじゃないかなぁ。いや叱るけど。わたしから」
と。
急に割り込んできた社長が、紫乃の横へと並んだ。そこで、あとのせりふを続ける。
.
「上野君。今日はこのまま、朝イチで専門の病院に行きなさい。病院は確か八時半くらいから受付が開く筈だから、今からかかれば午前中には診察くらい終わるだろう。終わり次第、それを報告して。可能なようなら出社して。いいね?」
「はい、社長。ご配慮に、感謝します」
上野が再三の礼を社長へと繰り返し、最後に紫乃へと双眸を定めた。そこに宿った眼差しは室内灯の明かりを帯びて輝いていたが、そこに体温を感じたのは、穏やかな希望があったこそだと―――そう、感じた。
「坂田さん。本当に……本当に、ありがとう。そして、ありがとうございました」
それを終えると、上野は颯爽と裏口を駆け抜けていく。ぱたんと閉じられた扉に、惰性のまま目を止めていると、社長が不意に紫乃へと振り向いてきた。
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