「あれは、わたしだって悪いんです。もっと上手くやることだって、きっと出来た筈なんです。それなのに、―――とにかく、上野さんを免職したりなんてことだけは……!」
「なんか勘違いしとるようだが」
と、社長はつぶらな目をぱちくりさせて、
「今言ったのは大家の苦情だ。わたしの意見ではないよ」
「え?」
「それで、上野君に連絡を取った。そして、営業課長を含めて面接した。そこで、会社を休んだのは体調不良ももちろんだが、君に申し訳ないことをして逃げたかったからだと言われてね。そこでやっと、事情が呑み込めたんだ」
その時の光景を思い出したのだろう。渋面の社長が、心痛を紛らわすいつもの癖で、片耳をさすった。
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「そこまでは良かったんだが、美紗緒―――君の上司の事務課長が、どうにも煮えきらなくてね。坂田君はちゃんと普段通り仕事もしてるから、もう立ち直った子をまた引っ掻き回す様なことはするべきじゃないって。知っての通り、うちの事務はほとんど君が処理してるようなものだから、君がどうこうなったら首が締まるのは、彼女だからね。それで、わたしがこうして一計を案じて」
「一計……ですか?」
「出社するのは、わたしが一番で、次に坂田君ってパターンが多いから。上野君も真っ先に出社すれば、美紗緒を抜きに話が出来るかな、とね。いやあ、出来た出来た。上野君も、これで心身ともにイチモツ抱えたまま仕事なんて綱渡りせずにすむし」
「心身ともに?」
「心は君への謝罪で、身体は持病。どちらとも、解決に向かった。いやぁ、良かった良かった―――それと、これだけは伝えておこうと思っていたんだけれど。坂田君」
社長はそこで、ゆっくりとデスクを離れた。紫乃の真向かいに立って、いつも微笑しているような目元を、実際にほほ笑みで綻ばせる。
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