「気持ちの良い挨拶をする。誰にでも笑顔で接する。人を思いやる。今まで通りのそれに、今回のことで、どうか怯えないでいてくれないか。それが君であり、正しいことはそれだと思うから。ただ―――」
ふと、社長の顔の色が煤(すす)けた。苦味ばしったそれは、あっという間に微苦笑にすり替わってしまったので、本質がなんだったのか、もう分からない。その表情を知らなければ、続けられたせりふのことを、耄碌に差し掛かった老人の繰り言だと思うことも出来たのだろうが。
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「ただ、……正しいことは強いから、それを聞き入れることは敗北させられたかのように感じてしまうことがある。子どもにとっては勝ち負けはありふれていて、受け入れるのが大人への近道だと匂わせれば脈もあるが……これだから、大人を叱るのは難しい。だが、わたし個人としては、本人のためにズバッと言うのが、余地が無くていいと思うもんだからねえ。上野君にも、ズバッと言ってしまったよ。いや、余談だけどね。これは」
「ズバッ、と―――」
思い出す。
その修辞はつい先日、己の中で反芻した言葉であり、だのに消化できなかった言葉だ。どうして陣内に、わざわざ、そんなことを?
社長になら、訊ける気がした。
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