「お。グッドタイミング」
のほほんと上野の裏から言ってくる社長だが、紫乃は鼻白んで歩を止めていた。わけが分からない。わけが分からない、そのうちに。
「この間は、本当に、すいませんでした」
上野が紫乃へ、深々と頭を下げた。そして、涙に翳(かげ)る謝罪を、しおらしく紡いでいく。
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「助けてくれようとした坂田さんに、非道いことを言ってすいませんでした。信じてもらえないとは思いますが、わたし、気がおかしかったんです……」
そこで彼女は、言葉を詰まらせた。それは容易く言い訳へと逃げるのでないからこそ生じた、踏み出す一歩のためのひと踏ん張りだと、紫乃には思えた。
(挫けないように。頑張って)
それは、誰にでも出来ること。上野も―――自分も。
紫乃は、上野を待った。麻祈のことを思い出していた。
「もうすぐちゃんと雇ってもらえるって思えば思うほど、いつも以上におかしくなるのが分かっていて、分かっているのにどうにもできなくて、本当に身体までおかしかったから、手頃なところにいた坂田さんに、それを八つ当たりしてしまったんです。本当に、申し訳ありません……本当に……」
「上野さん」
低頭する上野に歩み寄り、そっと彼女の肩に手を置く。上野は通電したかのように、びくりと身体を震わせたが、硬直したまま顔を上げない。
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