. あなたの今の状態には名称が存在し、名称が存在するものには、手立てを講ずることが出来る……暗闇の中に魔物を妄想することで無数の逸話を捏造し、暗黒のもたらす生物的恐怖を理知的に埋め尽くして駆逐したように。その大勢と同じく、あなたも乗り越えていける。望むならば叶う。それを教えなければならない。彼女はそれを知らないのだから。知っている自分が教えることで、彼女が変わることが出来るのなら―――
(きっと俺はまた、より人でなしへと近づくんだ)
そう思う。
思うだけだ。麻祈は、坂田へと接し続けた。
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そして、彼女のせりふから涙の気配が遠のき、嗚咽する頻度が低迷する頃。麻祈のイメージも収束を見せた。無論、完全に収まりがついたはずも無いが、せめて雨上がり間近な水溜り程度までは落ち着いたように思う。
涙に焼けたしゃがれ声で、ぽつりと坂田が言ってきた。
「……ありがとう、ございました。わたしの話なんか、こんなに聞いてくれて」
「こちらこそ、ありがとうございました。大切なことを、こんなにも打ち明けて戴いて、本当にありがとう」
卓上のショットグラスは、とっくに温(ぬる)まっている。麻祈はくるりと回したボールペンの尻で、それをつついた。ずれたグラスを目で追えば、結露からしたたった水滴の輪さえ乾きかけている。パソコンのブラウザの光源だけでも、染みの薄さが見て取れた。
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