「謙遜なさっておいでなのは、坂田さんの方でしょう。働いた度合いからしてみると、俺からお礼の品でも贈るべきかもって思うくらい、面映ゆいことをなさったんですから」
純粋な賛嘆。
彼が、そんなことを紫乃にしてはならない。
紫乃は呟いていた。
「そんなことないんです」
「坂田さん?」
「わたしなんか、……―――わたしなんか、ほんとに迷惑なだけなんです。こんな程度で、みじめで、なにも出来なくて、どうしようもなくて……」
声音に涙が混ざり出す。
.
人の全てを台無しにしてしまう自分は、上野の努力も麻祈の力添えも懇切丁寧にぶち壊して、こうしてまた彼の時間を無駄にさせてしまっている。それが分かって、消えてしまいたいくらい申し訳なくなった。それでも消えてしまえないなら、せめて泣き声を呑んでから、謝罪するしかなかった。
「ごめんなさい。迷惑ですよね。疲れてるのに、こんな話。やですね。気にしないでください。変なの。こんな、しみったれちゃうなんて、あたしも疲れてるみたい―――」
「嘘ですね」
真摯な囁きに、紫乃のせりふが途絶する。
それはまるで、あの日のひと言のようだった。ため息。あの時、彼はそう言ったのだけれど。
これから先は、このままでは、ため息では済まされない。それを予感する。
電話を切らなければ。この通話を、すぐにでも切らなければ。それを思う。こんなにも、そう思うのに。
予感だけでなく、ついに身体にも予兆が訪れる。携帯電話を握りしめる手が震え始めていた。
[0回]
PR