「前に、助けてもらったから」
「前って。合コンの時?」
「それもあるけど。それのあとでも。葦呼に電話が繋がらなかった時に、代わりに助けてくれたの」
「ふぅん。てことは、急患にでも遭遇したんだ。しかも、救急車を呼ぶべきか一見して分かんないってやつ。よくやったねぇ大変だったっしょ? 救急手順なんて、思い出すことすら。……もしかして、学校の講習会の時以来じゃない? そんなのに接するの」
「そうだね。そうだったかもね」
.
大変だったのか云々については実感が湧かなかったので、曖昧に笑ってやり過ごす。紫乃も、食事を再開した。
そうして、しばし。先に食べきって、ティーカップの持ち手に張り付いている金箔を指の腹で撫でていた葦呼が、紫乃を見ながらもう一段階、首を傾けた。なんだか、頭に乗っかる疑問がひとつからふたつになって、その重さを表現しているみたいな格好だ。なにがふたつ目の疑問なのかは分からないが。
葦呼は、首を元に戻した。そして、クエスチョンマークのないせりふを遂げる。
「勤務の兼ね合いを見れば、明日にでも渡すの可だよ」
「ううん。身体が空いた時に、渡してくれさえすればいいから」
「身体が空いた時って言うなら、これから手渡しすることだって可能だよ。アサキングが、どこで今なにしてるか次第だけど」
「いいって。いいの。本当に」
「むう。―――らしくないなぁ。紫乃」
「え?」
紫乃が聞き返すと、葦呼は唇を尖らせた。
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