「ありがと。参考にするね。お母さん」
言って、紫乃は席を立った。鞄を手に、外へ出る。
春に向けて着実に日暮れまでの猶予が拡大されてきているとはいえ、空はさすがに落暉の紅絹(もみ)色に差し掛かっていた。黄味がかった緋色の夕日が刻一刻と失われていく己の車の運転席にて車内ライトをつけ、手帳から目的のレシートを取り出す。
記されている店名を、携帯電話を使って検索すると、市内の酒屋であることが分かった。氷以外の商品名を調べてみると、みっつが焼酎で、ひとつがウイスキーで、最後のものがハイボールとかいう缶飲料らしい。これに占めている比率からすると、焼酎を贈答品にするのが無難そうだ。
紫乃は、車を出した。携帯電話に表示させた地図の通り、店までの道順を辿る。
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店舗と言うよりか、倉庫のような外観をした建物に到着した。事実、倉庫のようにフォークリフトがあったりもするのだが、ちらほら出入りしている人々は作業着を着た作業員でなく、普段着を着た客である。やはり、商店らしい。停めた車から降りて、店に入る。
内側には、異次元が閉じ込められていた。
(おなじ店屋さんでも、スーパーとは別世界……)
においからして違う。その主因は、レジの周りにある輸入品の化粧品や香水だ。それだけではない―――なんていうか、商魂のひけらかし加減に手加減がない。天井間際までそそり立つ棚には所狭しと一升瓶や角瓶が並んでおり、棚同士のわずかな隙間さえ活用せんと、菓子や干物が極限まで積み木されている。通路は狭い。て言うか、本来なら広いのだろう通路のど真ん中に、キャンペーンを銘打った段ボールがどかどかと無造作に置かれているから、狭くならざるを得なかったと言うのが正しいが、狭いものは狭い。実際、買い物かごをもった紫乃は、向こうから買い物カートを押してきた女性を避けるために、脇道へと身体をもぐりこませなければならなかった。ぺこりと頭を下げてすれ違う彼女の買い物かごには、魚の缶詰が転がっていた。
より一層に現実感を欠いた世界は、むしろ今の紫乃に、しっくりとなじんだ。
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