(……え? ……)
怪奇現象だ。目を奪われて、硬直する。
携帯電話が床に落下して滑り、壁にぶち当たって止まった。
そして、手の甲に、痛みと痺れがやってきた。ぶっ叩かれたのだ。携帯電話を。それを保持していた紫乃の手もろとも。それを理解する。
そうして打擲(ちょうちゃく)してきた上野が、旋回させた己の腕の勢いに巻き込まれるように、ごろりと向こう側に寝返りするのも理解できた。
「う、上野さん!? 上野さ―――」
紫乃は呼びかけた。返事はない。
「楽にしていて下さい。今、救急車を呼……」
「呼んだら殺す」
言われる。
.
その言葉が、呑み込めない。どうしてその恫喝が地鳴りのような響きをしていて、地鳴り以上の不吉さを装填しているのかも分からない。上野のまなじりから紫乃へとぎらつく眼光が、露骨にちらつかされる白刃よりも危険に思える、その根拠を掴めな―――
「呼んだら殺すっつってんだろ。あア? ニブくトロトロしてんじゃねぇよこのブス!!」
紫乃は、ただそこに座り込んでいるしかなかった。
起き上がろうとした上野とて、力もなければ気力もない。四肢をもたつかせるだけに終わったが、それだってひたすらに非力だ。ただし、悪鬼の如き迫力でもって迸ってくる呪怨が、なによりも紫乃を緊縛した。
「あーもー邪魔だっつってんだろ言わせてんじゃねぇよ! ナリからしてそんなのだって自覚あるなら、せめて態度くらい人様に差し支えなく生きてく努力してくれってのホント! まさかフォロー狙いでぐずついてんの!? 汚点がウリなの!? うっわ。信じらんねぇ。それおかしいマジおかしい!」
「う、えのさ―――」
「だからグズグズして苛立たせてんじゃねーよ気分悪くなるんだよ!」
床にのた打ち回って、上野が紫乃への罵倒を唱え続ける。
わけが分からない。
わけが分からない―――のに、
(なんで、上野さんは、わたしのことを、分かってるの?)
紫乃はただそこにいて、彼女の反吐を聞いていた。
[0回]
PR