「よろしい。でしたら、次へ移ります。そこは屋内でしたね。廊下の材質はなんですか?」
「え?」
「石? 木? まさか土?」
「ふ、フローリングです」
「よろしい。でしたら、そのまま対象者を仰向けから横向きにしてもらいます。対象者の脇腹の横へ移動して下さい。左右どちらでも構いません」
言われるがまま、紫乃は動いた。
「着、きました。脇腹の、横」
.
「よろしい。対象者の臍へ向かって、正座してください」
「―――はい」
「自分から向こう側にある膝に手をかけ、少しでよろしいので、立ててください。もう片手は、骨盤の辺縁にかけて。自分は正座のまま動かず、その両手をぐっと水平方向に自分へ引き付けてください。立て膝・骨盤と順に引っ張れば、さほど力を入れずとも自重で転がります」
もう一度、携帯電話を下着で胸に留めて、紫乃は麻祈に従った。上野の膝と腰を、自分へと抱き寄せる。驚くほど、難なく行えた。膝がこちらへと倒れたので、重量のある腰まわりまでも、つられて動かざるをえなかったという感じだ。
取り出した携帯電話に、それを報告する。腰の手を離すとまた仰向けになってしまいそうだったので、それも伝える。麻祈は動じない。
「対象者の膝を、もっと曲げて。上の膝は、下の膝より前に出るくらいまで。そうすれば対象者がまた仰向けに戻って倒れるようなことは無いと思います。どうですか?」
肩と側頭部で、耳へと携帯電話を押し付けながら、紫乃は上野の体位を整えた。
「……―――ああ。本当だ。はい、大丈夫です」
「対象者の、下になった肩から先の腕は、前に投げ出すように床に置いて下さい……誰かに腕枕するように。そして上の肩から垂れた腕は、下の腕に肘をつっかえるようにして、その掌を対象者の顔の方へ。掌の位置は、高飛車な女性が頬に手を添えて笑う仕草、あの手つきのイメージです。どうでしょう。済みましたか?」
「……ええと。多分」
「でしたら、対象者の首を、少し反らすようにしてあげて下さい」
そうする。
紫乃は、それを告げた。
「お、わりました」
「よく出来ました。以上で終了です」
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