「只今お掛けニなった電話番号は、現在電源が切られてイるか、非常ニ電波が悪イ環境ニあるため―――」
「な、……んで―――……」
万人向けの受け答えしかしない機械音声に喘いで、紫乃は自失した。万が一の事態なのに。こんなにも、万が一なのに。
どうして繋がらない? どうしてこんな時に、電話が葦呼に繋がらないんだろう? 葦呼に繋がらない時は、どうしたらいいんだっけ? 葦呼。佐藤葦呼さとうイコ佐藤
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―――に繋がらない時は、こちらにどうぞ。俺の携帯電話の番号です―――
それを、紫乃は思い出した。
「あさき、さ、ん」
彼しかいない。もう彼しか。
通話を切って、アドレス帳を開く。麻祈がいた。
発信する。コール音がした。電源は切られていない。電波は届いている。
きっと彼なら、他にも届く。気付いてくれる。彼なら、きっと気付いてくれる。だって彼は、こんな紫乃の『スミマセン』を知ってくれていた。こんな紫乃だけではレストランから立ち去れないのを気遣ってくれた。遅れた紫乃を、ドアを押さえながら待っていてくれた。紫乃が勝手についてきていたことを知っても厭悪(えんお)せず、ずっとそっと隣にいてくれた。そうして紫乃は、ふたりでいてくれた麻祈を知ってしまっていた。
刹那。
電話が通じた。それを感じた。叫んでいた。
「すいません坂田です!!」
「ああはい」
声だ。麻祈の声だ。
それが続く。確かに続く!
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