. 到着して、寮の正面にある駐車場に車を停める。関係者以外そうすれば罰金なので―――大家がいない今は見咎められることはほぼ在り得ないとしても―――、用心して、会社から支給されている駐車許可証明書をダッシュボードの上に整えた。ここの駐車場用の許可証ではないが、少なくとも関係者だということは、これで明示できる。ほどよく夕焼けに焼かれたダッシュボードが、指の腹に温かかった。
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ポシェットを肩掛けに、車外に出て鍵をかけた。とりあえず、ぐるりと寮の外側を見回す。そこそこ年季が入っている意外は特徴も見当たらない、メゾン鹿野山との金属プレートが表札に掲示されている三階建て集合住宅だ。夕刻なのだが、取り込まれていない洗濯物がぽつぽつとベランダに干したままなのが見えた。上野の部屋と目されるそこには、なにもなかったが。
エレベーターもないので、上階へ行くには外階段を使うしかない。後頭部からひっくり返ったら天国までの階段の方を昇ることになりそうな急勾配を、一段一段かんかんと鉄琴のように打ち鳴らして進んでいく。そうするごとにポシェットにぺしぺしと尻の上を叩かれつつ、ついに紫乃は二階の廊下を踏んだ。
見た限り、人影はない。ドアポストに突っ込まれた新聞が回収されないままになっている部屋もあった。ただし、水洗トイレを流す音やかすかな嬌声が、そこかしこに流れている。気配としては住人を感じた。
(上野さんに見学してもらった部屋は……この角部屋。正社員になったらスミに置けないのに角部屋っていうのも面白いねぇ、とか社長が言ってたから、間違いない)
思い出す。
正社員をひとり増員しようとなった時、登録していた派遣社員から有能な者を抜擢しようとなって、目をつけられたのが上野だった。彼女は快諾してくれた。仮雇用中の月賦は派遣社員時とさほど変わらないながらも、寮の賃貸料金が優遇されると知るやいなや、こちらへと転居を申し出た。その下見に同行したのが紫乃だ。もう随分と、昔のことのように思えるけれど。
2-A。階段を昇ってすぐそこのドアへと、紫乃は向き直った。
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