. 紫乃が今の人材派遣会社に正社員として雇用されたのは、短期大学を卒業後、数年してからのことだ。
短大にてパソコンソフトを使った情報処理の資格をふたつばかり獲得してはいたものの、その免状と短期大学修業証書だけで就職できるような花道などバブル景気並みに太古の昔と成り果てたこのご時勢、ハローワークを通じて職を探すしかなかった。昼間なのに、役所にずらりと並んだコンピューターの画面だけが明るくて、まるでその光の泉の託宣へとすがるかようにブラウザを覗き込む痩せこけた老人のうなじや乳飲み子を抱えた熟女の肝斑を見るにつれ、真っ先に解雇されない身分で採用されなければと固唾を呑んだ。自分は独身なのだ。自分は若いのだ。それを売ることができるうちに、正社員にならなければ。
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どうにか見つけた会社へのアポイントメントは、カウンターの向こうから役人が取ってくれた。頑張って下さい、という彼の励ましはお役所仕事ではなかったのだろうけれど、なんだか返事はしそびれたのを覚えている。
その時の会社は、採用されなかった。その次もだ。履歴書に不採用と判を押されるのは、何度やっても、試験で赤点を取るより辛い。だって、勉強したら得点は挽回できるかもしれないけれど、人生はやり直しが効かないのだ。しかも、人生には正解がない。夢を見ろと言われたとおりに世界を股にかけるデザイナーになりたいと言っていたら、いつまで夢を見ているつもりなんだと怒られて、怒られない人並みの人になるのが誰しもに望まれている自身の在り方らしいと察してから、そう悪くない人生を積んできた筈なのに。それなのに、お前は駄目と言われる。
それでも、就職しなければならない。確かに、人生には正解はない。仕事が出来すぎて過労死することだってあるだろう。それでも、社会的動物として社会で暮らしていくためには貨幣と交換していく労働が必要だし、貨幣経済を無視した行為で生活を成り立たせるのは紫乃には不可能だ……少なくとも、穴蔵にこもって世捨て人を謳歌するには人生への諦観が足りないし、暴力や犯罪によって労働を欺瞞する動物は人として明らかなる誤答だ。そう思うから、紫乃は就職活動を続けた。
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