. そして、今の人材派遣会社の面接を受けて、合格した。正社員は紫乃を含めて十人にも満たない中小企業だが、ボーナスもあるし、給金は年齢に応じた昇給制で、交通費も支給対象。なにより、アットホームな社風が好ましかった。お茶を出せは必ずありがとうと返ってくるし、難しい顔で考え込んでいたら体調を気遣われるし、社用のカレンダーなのに社員の誕生日には該当者の似顔絵が描いてある……絵手紙が趣味の会長の茶目っ気だ。お昼時にはお弁当を持ち寄って、一台きりしかない時代遅れの分厚いテレビを囲み、連続テレビ小説をチェック。家族経営というのも頷けよう。まあ、おかげで年齢層が壮年以上でかたまっている管理職一家はパソコン処理がとんと苦手で紫乃に丸投げだし、夫婦喧嘩なんかもまるまる社内まで持ち越されて冷戦の火蓋が切って落とされることなんかもあったりするのだが、それだってまるく収まれば、団欒の足しになる逸話にまた一輪の花が添えられるだけだ。
紫乃は、ほどほどにこの会社が好きだった。上野はどうだったろうか?
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上野飛小夜は、あと少しで仮雇用を終えて本採用になる予定だった。そうなったら会社としては紫乃以来の新入りであり、事務と営業で畑違いではあれ、紫乃にとっては初の後輩となる。上野が会社を嫌っているなら、とっくに辞めている筈だ……彼女とて独り身だし、紫乃との歳の差だってほとんどない。転職は、気構えさえあれば幾らでも可能な身の上だ。それなのに、こうして今まで勤め上げてきたのだから。
(だったら、社長からの電話に出ないっていうのも妙な話だよなぁ―――本採用を前に、心証を悪くしないに越したことないなんて、分かりきってるだろうし。単に、携帯電話の充電が切れたままになってるだけだったらいいんだけど。でも、体調不良の時に、緊急連絡手段をポイしとくなんてあるのかなぁ)
あてどなく考えながら、紫乃は社の女性用独身寮へと、己の車を走らせた。
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